仕様なのか?バグなのか?

うまくいかない,どうしよう?
とかんがえたとき,その理由を追求するのがふつうで,犯人さがしは感心しない.
それは,犯人を排除すれば問題が解決する,という問題ならば,それは「バグ」であるだろうけど,おおくの場合,「バグ」の排除だけですむことなどめったにないからである.

たとえば,組織で「不正」があって,それを実行していた「犯人」がいるとして,その犯人を排除すればもう不正がなくなって問題が解決する,にはならないことでわかる.
不正を可能にした「仕組み」を,できない仕組みに改善しなければならない.

仕組みとは「仕様」にふくまれる.
そうなると,やっぱり重要なのは「仕様」だと気づく.

ひとりで事業をやっているなら,「仕様」は経営者のあたまのなかにあればいい.
ところが,二人以上の「組織」になると,経営者のあたまのなかにあるものを形にしないと,だれにも理解できなくなる.
それで最初につくるのが「経営理念」の表示になるのがふつうだ.

だんだん従業員のかずがふえてくれば,就業規則や退職金規程などのルールを書いたものがほしくなる.
いらぬトラブルを避けるためだし,賞罰のかなめになる.

経営者としては,初期のころには思いつきでよかった「賞」も,だんだん公平を期すようにしようとすれば,やっぱりルールが必要になって,たとえ経営トップでも,これらルールを曲げるわけにはいかなくなる.

だから,規模拡大の「踊り場」あたりで,じっくり考え直したくなるのは人情というものだし,組織の要請でもある.
こうして,経営の構造と仕様がセットになって再構築され,その後も何度か見直しの対象になるのは,実態とシンクロさせる必要があるからだ.

こうした進化の過程をへた企業組織は「強い」.
めったなことで「負けない」からである.

では,これらのことを「やる」エンジンはなんだろう?
それは,組織を公平に維持し,結果,業績の向上をしたい,という「意志」である.
つまり,端的にいえば「儲けたい」という欲望にいきつく.
すなわち,しっかり儲けつづける「強い」組織は,内部的にはちゃんと仕様が設計されて,その仕様どおりちゃんと動く仕組みができている.

だから,こうした組織を真似れば,即席にできるかといえば,そんなものではない.
むしろ,慎重につくられたことがわかればわかるほど,簡単ではないことに気づく.
そんな気づきがあればこそ,時間をかけてでもやらなければという「意志」が重要なのだ.

にもかかわらず,おおくの企業組織が病んだままでいるのがいまの日本になってしまった.
「儲けたい」という意志が弱いのではないか?
あるいは,むき出しの「儲け主義」と見分けがつかなくなってしまって,自社の「儲けたい」を隠そうとしていないか?そんな態度が,いっそう意志薄弱にみせるのだろう.これを「草食系」というかもしれないが,本物の食欲旺盛な草食動物に失礼だろう.

むき出しの儲け主義の特徴は,「バグ」を排除すればそれで済ませるという意志がみてとれることである.
しかし,この方法では,短期間で業績をあげることができても,長期間ではかならず無理が生じる.

社内に,「排除」の論理という文化が根づくからである.
すると,かならず人間関係がギスギスしだして,内部崩壊をおこしかねない.
まるで,巨星が自分の膨張圧力と重力のバランスが崩れて大爆発をおこすようなものだ.
つまり,それは「物理法則」であって,「運」ではない.

だから,短期で稼げる,と判断できたら,こういう組織にいる意味もあるが,それはふつう「処世術」の習得というもので,トップではなく部下としての生き方の選択の問題だ.
未来永劫,組織の繁栄を意図するトップであれば,残念だが愚かな方法である.
自分の組織を内部崩壊させた人物に,次のチャンスはめったにこない.

さて,さいきんは,自社の根幹に関わる業務を「委託」する企業が役所も含めて続出している.
この国は人手不足という慢性病をかかえてしまったが,他社に委託すれば人員募集の手間が省けるという考えがあるというからおどろいた.
つまり,「人手不足」という実態がある大問題をなんと,「バグ」だとみているお気軽があるのだ.

人手不足による人件費上昇圧力は,時間とともに高くなるだろうと予想できるのは,出生率からも想像できる.「バグ」であるはずがない問題だ.
そこで,これを「仕様」として考えるなら,ポイントは二つあることに気づくだろう.

1.上昇する人件費を吸収する売上をどうするか?
2.おなじ人件費で,結果をだすひとと,だせないひとの区別をどうするか?

1.は,欧米先進国が経験済みで,販売単価を上げる,ことに徹することになるが,過当ともいわれる競争下で,自社だけ値上げはできない.だから,品質向上による単価増しかない.
2.は,結果をだせないひとを「バグ」扱いするのか?という問いに,「排除」の論理がつかえるのか?という二重の問題がある.排除した欠員を募集しても応募があると期待できないなら,いっそ結果をだすひと,になってもらうしかない.そうすれば,上記1.と連結する.

もはや,人材育成のための「仕様」が,絶対に必要になっているのである.
かんたんに真似はできないが,せめて,以下の書籍を参考に,かんがえ方だけでも,日本一世界一の会社から学んでみてはいかがだろう?
それは,自社の「生き残り戦略」そのものである.

 

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