加工用トマトの闇

2018年4月をもって廃止された法律に「種子法」があった。
農産物とは、わたしたちが口にするものを意味し、農産物のすべては、「タネ」から育てるものなので、食料の根源的な法、という意味がこの法律にはあった。

つまるところ、一般家庭であれ、プロの料理人が調理する食堂やレストランであれ、あるいは、高級ホテルであれ、元をたどって行き着く先には、かならず畑だけでなく、タネがある。

しかしながら、あんがいと話題になるのは「栽培方法」であって、なかなかタネまではいかない。
有機であろうがなんであろうが、「タネ」こそが根源なのである。

日本人が伝統的食べ物だと思ってきた食品には、「遺伝子組み換えではない」ということでの「こだわり」があったけど、2023年の4月1日からは、事実上の表記がなくなることが決まっている。

「消費者庁」が決めたことだ。

もう40年前にもなるベストセラー『選択の自由』(ミルトン・フリードマン、ローズ・フリードマン、1980年)には、「消費者を守るものは誰か」と「労働者を守るものは誰か」という章が続いていた。
どちらも、消費者団体でも労働組合でもない、という結論だった。

だから、フリードマン的論理でいえば、消費者庁が消費者を守るものではない、というのは至極当然な結論となる。
これが、「産業優先」という、明治以来の「国是」と重なり、「戦時体制」としての「総動員」が終わらない理由である。

どうして遺伝子組み換え表記が「なくなる」のかといえば、「基準が厳格化される」からである。
現在の基準では、許容範囲を5%以下としているが、これを0%とせよ、ということになった。

なお、対象となるのは、小麦とトウモロコシと大豆「だけ」である。

これらの「穀物」栽培では、遺伝子組換えをした種子を栽培する畑と、そうでないものとの区分が厳密にできていない。
隣接した畑からの花粉が、風とかで交わるからである。
そこで、許容範囲が設定されている。

ちなみに、この手の話ではたいがいが厳密なヨーロッパ基準では、9%と日本より「緩い」ことが意外だ。
さほどに、区分が「困難」ともいえる。
それを、ゼロにせよとは、「無理難題」を消費者庁は言っているのだから、事実上「表示不可能」になるのである。

「コロナ撲滅」という潔癖主義の無理難題と、自然としての「コロナとの共存」という正反対が、「タネ」でもある、ということだ。
病的な潔癖主義が優勢なのは、ふだん「自然は大切」というひとも含まれるご都合主義があるからである。

もちろん、「遺伝子組換え」の方がはるかに原価が安くなるので、今度は一斉に「コスパ」を優先すると役人は予想している。
消費者庁は、暗にそうしろ、と誘導しているのだ。
豆腐も納豆も、遺伝子組み換え大豆が当たり前になる?

買い物の現場での、買い物行動で「所得格差」がわかるようになれば、見栄でも遺伝子組換え原料の食品を買わない、とするのか?
それともみんなが買っているからと、遺伝子型ワクチン接種と同じで、「感覚麻痺」させるのか?の攻防があるのだろう。

「安いが一番」の勝利となるかが、注目される。

さてトマトである。
こちらは、「生食用」と「加工用」に大別される。
加工用トマトは、長細くて皮が固く、水分が少ないから「生」で食べてもおいしくない。ハッキリ書けば「まずい」のだ。

一方で、日本人がイメージする生食用の丸いトマトは、料理用にしたら水っぽくておいしいトマトソースにはならない。
そこで、「缶詰」が重宝される。
この缶詰の中身は、加工用トマトなのだ。

トマトジュースも、トマトピューレも、もちろんトマトケチャップも、缶などの容器にパッケージされているものは、みな加工用トマトの「製品」なのである。
そして、これら加工用トマトは、ほぼ全部が遺伝子組み換えされたタネから育ったものだ。

そのタネは、ケチャップの世界最大手、ハインツの研究者によって作られた。
「濃縮」するために水分のない品種で、煮詰めるための燃料費を節約し、なによりも収穫しやすい、ポロリと取れる「額」の形状にしたのだった。

いまや加工用トマトの産地として、新疆ウイグル自治区は世界第二位となっていて、三倍濃縮された「原料」がヨーロッパ(ほぼイタリア)に輸出されている。

不思議なことにEUは、ヨーロッパ域内で再加工された製品の「原産地表記」を曖昧なままに放置している。
それで、新疆ウイグル自治区からの「輸入品」を、EU域内(ほぼイタリア)で再加工(二倍濃縮:三倍から希釈)したら、これを「イタリア製」としても合法なのである。

ご当地で「合法」だから、これをそのまま日本に持ち込んで「イタリア製」と表記しても文句をいう筋はない。
トマトの缶詰がスーパーで「100円しない」ことの大きな理由がここにある。

いま、新疆ウイグル自治区といえば、話題がありすぎる。
「ナイキ」や「アディダス」がやり玉にあげられて、ユニクロや無印良品にシフトした。

でも実は、「トマト缶」がもっと「やばい」のだ。

「一帯一路」で、ヨーロッパ側の終点になっているイタリアの事情も、トマトでつながる。
二次加工には、東ヨーロッパやアフリカからの(不法)移民が奴隷的労働に従事させられていて、これをマフィアが囲っている。

数百円でおいしいピザ(トマトソース)を食べられるのも、こうした人たちの血と汗の賜なのだった。

さて、「業界」として、スニーカーやアパレルメーカーの他人ごとでは済まない話が出てきたのである。
コロナでは政府に隷従したけれど、トマト缶を使っているなら、どうするのかをいまから考えて、対策をとっておいた方がいい。

トマトが南米からヨーロッパに運ばれたのが16世紀。
地中海地方では「伝統的食材」と思われているけれど、当初は「観賞用」で、「食用」として普及したのは19世紀だ。
たった200年ほどの歴史しかない。

日本では、戦後の「食の洋風化」の時期とおなじに普及したのでせいぜいここ半世紀のことだ。

さりげなく存在するトマトなのではあるけれど。

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