効果が高いコロナの政治利用

コロナの政治利用とは、コロナの恐怖をあおることで、いろんな不都合を隠せることをいう。

「とっても、お手軽で便利なんですよ、奥様!」

無症状のひとを、感染者だと決めつけて病人にする、というのは、今回のコロナが最初だとは言い切れない。
その前には、タバコの害を言い張って、癌の原因を何年も前の喫煙のせいにしていた。

タバコをやめてから20年で癌になるなら、タバコをやめなければいいのではないか?
すると、それなら80歳で癌になる可能性が高いという。
ならば、60歳でやめてもおなじだから、すきなタバコをやめる意味はどこにあるのか?

煙くて臭いがつくという理由で、タバコを嫌うひとがいるのは承知している。
だから、愛煙家は、たばこをたしなむ場所に苦労している。
ところが、受動喫煙という、きわめて曖昧な「エビデンス」を持ちだして、結局ほとんどの喫煙場所を奪ってしまった。

学校や病院の敷地内が、絶対禁煙のエリアになった。
面白いのは病院で、あんがい医師や看護師に喫煙者がいる。
ところが、院内の従業員食堂やラウンジも禁煙になったので、とうとう従業員食堂やラウンジの利用者がいなくなった。

医師や看護師が、勤務時間を終えた飲酒をともなう歓談の場が禁煙になったから、病院外のレストランや居酒屋がたまり場になったのである。
それで、コロナ初期のころ、「飲み会」における医療従事者たちが集団感染するという不祥事になった。

それでもって、火を付けるタバコではなくて、電子タバコとか水蒸気のタバコがでてきて、どういうわけか、こちらは「害が薄い」ということになっている。
これは一体「どういうわけか?」を、とっくに禁煙している身だけれど聞いてみたい。

厳密に、どういうわけかなんて、「ない」とおもっているのは、本物のタバコがそんなに身体に悪いとはおもえないからだし、さいきんの新製品の方が怪しいと思うからである。
電子タバコを半世紀吸い続けた人間は存在しないのだ。

そんなことをいいだしたら、「ph調整剤」という名の防腐剤がかけてある弁当を食べ続けると健康にどうなるかも、わかっていない。
それでも、「安全基準内」なら大丈夫、ということにしないと、弁当が成り立たない。

ただし、孤独死の事件から、人間も腐らないことはわかっている。
古代エジプト人たちが、大喜びすることは間違いない。
ミイラ作りのための、防腐剤の研究開発が、現代化学や薬学の源流になっている。

こういう世界に生きているのに、どういうわけかコロナだけは絶対安全でないといけないことになっている。
それで、症状がないひとでも、PCR検査という、感度抜群の方法で病気持ちにして隔離する。

症状がなくて、検査で病気になるのなら、防腐剤の体内濃度を調べてみれば、どのくらい臓器がいかれているかがわかるだろう。
でも、この腐らないという「病気」は、防腐剤の弁当をたくさん食べないといけないから、すぐさま「感染症」にならないだけだ。

ほんとうは、おおくのひとが防腐剤を食べている「感染者」なのに、である。

そんなわけで、なんだかしらない病気だけど、感染者が増えている。
数ヶ月前、都知事は、検査が増えたから感染者が増えているという、当然をあたかも自分の知識のひけらかしと、もっともらしく発言したが、今度は驚くほどの健忘症を発症して、「レッドゾーン」だといいだした。

もっと面白いのは、政府の担当大臣で、厚生労働大臣でも医者でもないひとがもっともらしいことをいいつづけている。
まぁ、厚生労働大臣だったいまの官房長官が、しどろもどろだったので、立場を乗っ取られた、といえばそれまでだ。

担当大臣は経産官僚、厚労大臣から官房長官になったひとは、大蔵官僚だった。
素人なら素人らしく、もっと謙虚になれないものか。

でも、彼らのお手本が、隣の大陸のスポークスマンたちだろうから、ああなるだけだ。
国民生活を優先させる気持なんて微塵もなく、為政者の都合を優先させる姿が見事に一致する。

選挙で選ばれることがどういうことかを感じないのは、やっぱり選挙に問題があるからだ。
世界でいちばん厳密という、わが国の選挙法は、厳密だからといって素直に自慢できる内容ではない。

たとえば、立候補にあたっての、「供託金制度」。
泡沫候補だと、全額没収の憂き目をみるから、めったやたらに立候補をする輩を阻止できるけど、被選挙権を事実上狭き門にしてしまっている。
それどころか、勝てる根拠があるひとしか立候補しないし、できなくしている。

政府と報道機関が結託すれば、世界の出来事をしるチャンスを国民が失う。
これも、重要な欠点だとわかってきた。
アメリカで、SNS等のIT企業がやった事実上の検閲を経て、いま、動画なら、「ランブル」、つぶやきなら、「パーラー」、にシフトがはじまっている。「検閲」を嫌うひとたちが一気に引っ越しを開始した。

まさに、自由主義における、栄枯盛衰が実証されつつあるのだ。

社会の重要な動きを、コロナ報道で目隠しするなら、立派な「政治利用」なのである。
そして、この半年あまりの間に、効果が高いことで味をしめているひとたちがいることを忘れてはならない。

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