北京五輪に選手は行くのか?

晩秋の気配が高まってきて、来週にはもう「師走」になる。
そして、年が明けたら「北京オリンピック」がはじまるのだけれど、「積極的に入国したい」選手がどれほどいるのか?に注目が集まっている。

「参加することに意義ある」というのは、遠いむかしのことで、プロ化したひとたちの「売名」という大会になったのがオリンピックの素顔になった。
それに、『オリンピック憲章』にはない、「国別対抗」を煽る報道も、やめるような気配なぞはなく、むしろ「国別対抗である」ということにもなった。

このことの根源には、何度も書いた「ルイセンコ」による、科学と共産主義の「融合」による、「新説」がスターリンやスターリンを批判したフルシチョフによっても採用されて、「思想強化」のために利用されたことがある。

ルイセンコは、遺伝学を否定して、「革命的遺伝学」という「新説」をもって、ソ連科学アカデミーの議長として君臨し、学問的にルイセンコ説に反対する科学者たちを、ことごとくシベリヤ送りにしたのだった。

その新説とは、
社会主義の農園で育つ小麦は、資本主義の農園で育つ小麦よりよく育つ、である。

この説を、笑い飛ばしてはいけない。
笑い飛ばしたら、家族共々シベリヤへ送られて、強制労働をもって一生を過ごすことになったことの「リアル」を想像しないといけないのである。

そこで、「小麦」を「スポーツ選手」に置き換えるだけで、「国威発揚」という「国別対抗」の意味がわかるのである。
すなわち、「優れた国家体制」の宣伝活動が、オリンピックになったのである。

すると、表彰式における「国旗掲揚」と「国歌演奏」が、『オリンピック憲章』に矛盾する最たるもの、となるはずなのが、そうはならないのはなぜか?ということになる。
もちろん、答は上述の「優れた国家体制」のプロパガンダのため、であるといえる。

「道議国家」を標榜する、わが国が、本来ならば率先して、『オリンピック憲章』に基づく「表彰式」を提案すべきところであるけれど、「道議国家」とは、単に「言っているだけ」の嘘だから、何も言わないでいるのである。
しかも、「余計な摩擦は避けるが肝心」という、「事なかれ主義」の勝利にもなっている。

さて、テニス界の女子ダブルスで世界トップにいた中国人選手が「失踪」して、世界のスポーツ界が揺れている。

原因として考えられるのは、このひとが「曝露」した、共産党の大幹部で中央政府の副総理をつとめた人物からの、「性的暴行」があげられる。
この告白直後に、行方不明となってしまったのである。

驚くことに、わが国の報道は、「不倫」という言い方に「統一」されている。
いったい誰が決めて、各社に指示を出しているのであろうか?
しかも、ご丁寧に「不倫による精神的苦痛」が「曝露」の理由だとも説明しているのだ。

しかしながら、彼女は「性的暴行」だと主張したとは、「世界の報道」なのである。
一方的だったのか、合意があったのか、では話がぜんぜんちがう。
わが国は、「合意」だと国民に刷りこみをしているのである。

直接関係する「テニス界」では、最も近しい「女子テニス界」のトップが、当該国に対して「即刻解放せよ」との声明を発表した。
さらに、男子シングルスの覇者である選手も、単独記者会見で本件に触れて抗議しているのだ。

彼女の「事件」は、政府高官を暴いたことによる「身柄拘束」という自由の剥奪を意味する。
それは、アスリートといえども、ものを言う人間であるという当然の「前提」があるから、「正確に動作する人形」なのではない。

けれども、所詮「正確に動作する人形」だと定義してはばかることがないのは、「唯物論」という邪教を信仰しているからである。
しかも、この宗教団体の幹部にだけは、「例外の自由」がある。

そんなわけで、「ボイコット」という意思表明が、政府や競技団体などの「上」からやってくる、という従来のやり方が崩れて、選手たちが身の危険を案じる、という「下」からの要求になったのである。

だから、これからは、「上」から参加せよ、という命令が発せられるという、かつてない事態が予想されて、身の安全についての選手からの要求には、「当事者ではない」ということで逃げ回る「上」を見ることができるだろう。

もちろん、「開催国」は、「身の安全を保障する」と言うに決まっているけれど、誰が信じるのか?というループした議論だけが目立つことになる。

わが国では、国家の「看板」である外務大臣が親中派を自認するひとだし、党のトップである幹事長も、外務大臣のときに「謝謝」で有名になった御仁である。
こうした人選をした、岸田氏は、どういった命を下すのか?

対するのは、外務大臣とは真っ向反対に位置する、おなじ山口県の防衛大臣と、さらにその実兄の元総理がいる。
ここで注目したいのは、「准与党」の風情になった「維新の会」という勢力だけど、どこで「親中」の牙をむくのかということだ。

「維新の会」を「保守」だと思って投票した人たちが、驚くようなことになるかもしれないから、オリンピックが「踏み絵」になるのであった。

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