卑しさがバレて円安に?

欧米人の「合理性」からしたら、意味がないことに意味を見出す。
これぞ、日本文化、ではある。

けれども、新型肺炎という感染症に対しても、この「文化」をつかうとは、まるで「魔術」を信じる所業である。
それでかしらないが、さまざまな「条件」がそろってきて、あたかもこうした「魔術」が社会の決め手になった感があるのは、21世紀の奇跡か?

いや、そうではなく、人類史に残る「愚挙」であろう。
あまりの「愚かさ」に、はたして「人類の教訓」にもならぬ。
ただの「お笑いぐさ」ではないか。

むかし「集団主義」といわれたものが、いまや「全体主義」に変換されただけで、いかに日常生活を非日常の「不便にすること」が「安全確保の努力」をしていることのアピールとアリバイになったのだ。

重要なのは、科学的根拠にもとづいた合理的判断によるものではなく、なんでもいいから「安全を優先させている」ということが主張できればよいことになっている点だ。

もちろん、「効果」なんてどうでもいい。
「国民運動」として、感染症に立ち向かう姿こそが「美しい」のである。
みんなで努力すれば、感染症の拡大を克服できる。

あまりの「愚劣さ」に、全身の力が抜ける。

韓国ドラマの時代劇にあった『チャン・ヒビン』のセリフ、「卑しい者ほど命を惜しむ」が、現在の日本人をイメージしてつくられたとしたら、まさに「おっしゃる通りでございます。ヒビンさま。」としかいいようがない傑作の一言であった。

その韓国に、わが国はとうとう、1人あたりのGDPと労働生産性で後塵を拝するようになってしまった。
OECDの2018年を分析したレポートである。
つまり、抜かれた。

日本国の凋落が止まらない、のである。
同レポートによれば、わが国の1人あたり労働生産性では、トルコやスロベニアにも抜かれている。
スロベニアは、旧ユーゴスラビアの構成国だったから、なんと旧社会主義圏の小国にも劣る状態なのだ。

このブログで何度も触れているが、日銀がとっくに「日本株」(上場企業の株式)の大株主になってしまっている。
にもかかわらず、新型肺炎による経済減速に対して、日銀総裁は先日、「大規模緩和をつづける」と発言している。

つまり、日本株を買いつづけるということだし、金融機関の貸出を減らさないように、金利を維持するということだ。

これは一体なにを意味するのか?
日本語で語ったから、国内向けのメッセージに限定されるので外国には関係ないということにはならない。
つまり、国際金融資本のみなさま、どうぞ儲けてください、と言っているのだ。

では、国際金融資本のみなさまが儲けるおカネとは、いったいどういうたぐいのおカネなのか?
それは「国富」のことを指す。
かつての「安全資産=円」が、根底から揺らぎだした。

日銀が提供するというのは、マーケットが需要と供給のなかで自動的につくりあげる「相場」ではなく、日銀がこの「相場」をむりやり維持するというのだから、株を買って、しばらくして売れば、どんどん儲かると言っている。

損をするのは、投資額がすくない国内投資家、すなわち日本人なのである。
通貨の番人、日銀がその職務を放棄して、無用の「魔術」にはしっている。

はたして、これは「経済学」として成り立つのか?
つまり、責任ある立場のひとがすすめる「経済政策」として、許容できるものなのか?
もちろん、国際金融資本のひとたちは、舌なめずりをしているにちがいない。

こんなバカなことが、「アベノミクス」というめちゃくちゃで実行されて、もう重症の「麻薬中毒」になったのが日本経済である。
財界の爺さんたちは、これをやめさせないばかりか、もっともっとと、政府に依存するばかりだから、「薬漬け」の廃人状態になっている。

これを、「卑しい」といわずしてなんと表現するものか?

アメリカは素早く減税と金利低下を実施して、いま、アメリカ国債は史上最高値をつけている。
これに、金(ゴールド)も最高値をつけたから、アメリカの株式市場が心配になる。

すなわち、市場は「リスク・オフ」にポジションをとっている。

この真逆が日本政府で、もはや世界の「逆神」になって君臨している。
それが、国際金融資本にとっての「うまみ」そのものだから、なるほど日本料理の「うまみ」が流行るわけである。

アメリカの株式が下落すれば、依存する日本市場も下落すること確実で、日銀が底上げした分がそっくり国際金融資本の手に渡る。
どうにもならない愚策が、国富の流出を加速するのだ。

悪乗りしかできない日本の役人は、もはや発狂してさまざまな「感染対策」という「魔術」を繰り出している。

厚生労働大臣が記者会見して、正直に言ったとおり「感染源が追えなくなった」から、なんでもいい適当な理由をつけて、国民に不自由な生活を強いることしか思いつかない。
それでとうとう、平時における「戒厳令」的な、外出禁止令を出すに至っては、もう、政府が活動をやめたほうがいい。

春の選抜高校野球が、競馬よろしく無観客試合にしてもやるのは、オリンピックを意識してのことなのだろう。
けれども、そもそも各国が選手を日本に送り込むのか?

でも、各校が辞退したならどうするのか?はかんがえない。
高野連という爺さんたちの集団が、「それは美しくない」といって、強制的に大阪や兵庫にあつまるように命令し、これに従わないと、あとからどんな嫌がらせを受けるかわからない恐怖が支配する。

これはもう、感染への恐怖ではなくて、社会的制裁をうける恐怖なのだ。

戦後最悪の状態がここに現出した。
けれども、これもぜんぶ国民の責任である。

卑しい発想を捨てて、政府が打ちまくる麻薬を断つ。
そして、官僚独裁政府をいかに打倒するのか?をかんがえなければならない。

30年前の、東欧の自由革命がいま、この国に本気で求められている。

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