古語の「音」がわかった

むかしの記述は、残っている書類をみればわかる。
高校での「古語」の範囲が、平安時代から江戸時代までと、えらく広い時代をカバーしているのも、基本的な「記述」が似ているからである。

しかし、どうやって読んでいたのか?
これは意外な落とし穴であった。

たとえば、『枕草子』の有名な冒頭。
高校生はテストに出るから暗記させられているものだけど、その「読み方」が当時とぜんぜんちがう。

春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は、夜。月の頃はさらなり。闇もなほ。螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

まず、「やうやう」を「ようよう」と読むように教わるし、「飛び違ひたる」の「ひ」も「い」と読むように教わる。
しかし、当時は「言文一致」だったので、仮名の通り読んでいたという。
それは、一切の書き間違い(例外)が「ない」ことで証明される。

どうして当時の「音」を再現できるのか?
これには、ちゃんと理由があって、数々の「文献」が残っているからだ。
驚くのは、安土桃山時代にやってきた「宣教師」が書いた、日本語の教科書で、当時の発音を「ローマ字」で記載していることだ。

日本人を信者にしないといけないから、宣教師は現地の言語に通じないと職務を果たせない。
だから、なによりも現地語の習得は重要な任務だった。
なので、秀逸な教科書を作っているのだ。

そして、なによりも「ローマ字表記」であることが、決定的に「音」を再現しやすい。
ただし、ポルトガル人の耳を通した当時の日本語の「音」である。

ちなみに、ポルトガル人が日本にやって来たけど、スペイン人ではなかった理由は、1494年にローマ教皇承認のもとに締結した、「トルデシリャス条約」によっている。
大西洋に線を引いて、西がスペイン、東をポルトガルの支配地と決めたからだ。

その後、両国はアジア支配をめぐって争ったので、1529年に「サラゴサ条約」を結んだ。
トルデシリャス条約で決めたことを「本来」というなら、フィリピンはポルトガルだけど、なんだかスペインに取られた。

なお、フィリピンの由来は、当時のスペイン国王の名前「フェリペ」からつけられた。

さて、宣教師の教科書を補足するのが、ハングルで書かれた日本語の教科書である。
ハングル文字とは、発音記号が組み合わさったものなので、「音」の再現に適している。
それに、漢字で書かれた日本語の教科書も残っている。

そんなわけで、あんがいと平安時代の日本語発音は、解明されてきた。
ただし、文学として残っているのはほぼぜんぶ「王朝文化」のたまものなので、平安貴族たちの話し言葉としての「音」になる。
庶民はいったいどんなふうに会話していたのか?興味はつきない。

そこで、あらためて音読している「はちあ」というひとがいる。
これぞ、ネット時代の恩恵だ。
発音のベースは、京都弁。
あたりまえだが、江戸時代末まで京都が首都だったから、「京都弁」ということも本来ではない。

京都のひとが、江戸言葉を「関東なまり」というのは、「標準語」の正統性としての問題である。
だけれども、平安貴族が京都の発音・音韻だったのは「当然」すぎる。
今よりも、もっと強烈に「はんなり」しているのである。

50音図で習う現代語が、古語になると「いろは歌」になるけれど、これを50音図にして比較すると、現代との「ちがい」がはっきりする。
それが、「さ行」と「た行」、「は行」、「わ行」にあらわれる。
「あ行」の母音は、現代の「え」が「や行」に飛んで「いぇ」になる。

以下は、文字と(発音)を示す。

さ行は、さ、し(すぃ)、す、せ、そ。
た行は、た、ち(てぃ)、つ(とぅ)、て、と。
ハ行は、は(ふぁ)、ひ(ふぃ)、ふ、へ(ふぇ)、ほ。
わ行は、わ、ゐ(うぃ)、-、ゑ(うぇ)、を。

さらに、濁音は、
ざ、じ(んずぃ)、ず、ぜ、ぞ。
だ、ぢ(んでぃ)、づ(んどぅ)、で、ど。
「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」は、発音がぜんぜんちがうので書き分けた。

これが、「ローマ字表記」における、「ヘボン式」と「訓令式」の違いに影響している。
「ヘボン式」は、ヨーロッパ人の発音表記なのに対して、「訓令式」は、日本語の音韻表記なのである。

そもそも「音韻」とは、漢字の「音」のことだ。
音声としての違いがあっても、意味が変わらなければよしとする。
それが、「サ行」の「shi」・「si」、「ji」・「zi」、「タ行」の「tsu」・「tu」、「ハ行」の「Fu」・「hu」のちがいになっている。

たとえば、「富士山」は、「Fujisan」なのか「Huzisan」なのか?

すでに、外来語の侵入によって、現代日本語には、50音図に追加すべき「行」があるともいわれている。
それが、「ハ(H)行」に対して、「F行」を加えるという案である。

漢語が公式文書に採用されて以来、言文不一致が明治までつづいた。

21世紀になって、「言行不一致」がますます問題になってきた。
このときの「行」とは、50音図の「行」であってほしいものである。

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