地方移住をかんがえる

人生をどうしようかと練ったとき、地方移住という選択肢もわるくはなくなった。
しかし、「夢の田舎暮らし」が、突如、「地獄の田舎暮らし」に変わることがある。

ゴミ出しも拒否されて生活できなくなったひとたちが、裁判に訴えでて話題になった。
裁判にはならずとも、そんな事例はたくさんあって、かなりのひとが「後悔」しているというから、慎重になるのはとうぜんだ。

これをよく「地方の閉鎖性」という。
しかし、都会には閉鎖性がないのかといえば、そんなことはぜんぜんない。

たとえば、マスコミが礼賛する「下町」と「人情」をセットにした暮らしは、ご近所さんとの濃密な交流を、いわば強要されている。
これを「近所付き合い」というには、いささか「濃すぎる」のである。
二階の物干しをつたって、隣の家の夕食の席に入りこむのは、かなり日常的なことでもある。

これを一度でも「わずらわしい」と感じたら、もう「下町」には住めたものではない。
だから、「下町」地域の「ドーナツ化現象」は、単純な人口減少ではなくて、意識的な流出があるのではないかとうたがうのである。

これは、京都でも耳にすることで、中京区や左京区といった中心街の老舗の若旦那が、結婚すると伏見や宇治に引っ越す理由になっている。
東京の「下町」より、さらなる「濃密」なご近所関係が、もはや現代では「きれいごと」ですまなくなっている。

この「濃密」さは、平面的なものだけではなく、歴史という時間軸がくわわるので、「先の戦」のことを応仁の乱だとする地域性からすれば、数百年来の「しきたり」を意味する。

西と東の「都」にしてこのありさまだから、つい最近まで外部との交流がうすかった地方における「特性」は、たんなる「特性」ではなくて、かなり「土着」のイメージがたかまるのは当然だ。

そこには、おそらく「京都」における、「歴史」という時間軸に、土地所有にまつわる上下関係がくわわるはずだから、より立体的かつ複雑な様相をみせることだろう。

すなわち、島崎藤村の『家』のような、本家と分家といった関係に、庄屋と小作といった経済関係のことが混じって、一歩まちがえば、横溝正史の世界を彷彿とするヒエラルキー社会の存在である。
あたりまえだが、土豪的お武家様の存在もふくまれる。

それは簡単にいえば、「家格」のことになる。

そんなわけだから、裁判になるのは、その地域の役所の情報提供に「不備」「不満」があったことを示すのだが、お気の毒かつ残念ながら、上述の「しがらみ」について、役所で情報を得られるとおもうことから、まちがっているといえそうだ。

こうしたときに、役立つのは公式的な見解なら「寺院」が、一般的な見解なら「飲み屋」がよい。

都会のじぶんの家が、どの宗派の檀家なのか?をまず思いだせば、おおかたの日本人なら、メジャーな宗派に属しているものだ。
これらのメジャーな宗派は、日本全国に末寺というネットワークを形成しているから、移住をかんがえる地域の同一宗派の寺院を紹介してもらえば、かなりわかりやすい「公式的見解」を得ることができる。

地方の地域には、あんがいいろんな宗派の寺院が狭い範囲にあるものだが、それらの寺院の建立のいわれからして、地域ヒエラルキーや地区の対立まで物語るものである。

それに、建立時期が徳川時代よりも前なら、そうとうな実力者の庇護があったはずだし、徳川時代なら、政治的な思惑があってのこととかんがえてよい。

これに、天台・真言を頂点に、以下、鎌倉仏教の各宗派がつづき、「一向宗」だった「真宗」という構造を組み合わせればさらによい。
あまりに勢力が強大だった「一向宗」を、「浄土真宗」と改名させて「東西」に分断し内部対立させたのは徳川家康の策略だ。

ご近所の飲み屋情報の重要性は、蛇足になる。
ある程度の「公式的見解」を得てからが、順番としては理想である。

地域の「しがらみ」は、どこに行ってもかならず存在するから、じぶんになじめるかが重要なのだ。
そういう意味では、新興住宅地や集合住宅のほうが気軽な傾向がある。
しかし、新興住宅地には、新興住宅地なりの「しがらみ」がある。

地方移住に失敗しないためには、事前の「調査」に手間をかけなければならないのは、やっぱり「自己責任」における必須事項なのである。

まったくもって、「経営」とおなじなのだ。

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