変な「円安」130円

歴史的なインフレが襲っているアメリカなのに、デフレが続く日本の「円」が一方的に「安く」なっている。

インフレとは、モノの価値よりも通貨の価値が低くなることだから、「物価高」で、デフレとは、モノの価値よりも通貨の価値が高くなることをいうから、「物価安」になる。

だから、二国間でいえば、インフレの国の通貨は、デフレの国の通貨よりも価値が下がって、デフレの国の通貨の価値があがるのが、「ふつう」なのである。

すると、いまの「円安」は、「変なこと」になる。

この「変なこと」を、「理論的」に説明するのは、「通貨量」だけになっている。
つまり、アメリカで発行された通貨量と、日本で発行された通貨量との「比」が、為替レートを決定している、というものだ。

これを、「マネタリーベース」という。

インフレになったアメリカのドルよりも、たくさんの円が発行されている。
日本円の発行体である、日本銀行の意志で決まる、ともいえる。
しかし、それなら日本はアメリカ以上にインフレにならないといけない。
どうしてデフレなのか?

市中にあるはずの円が「ない」からである。

日銀はたくさん刷ったお札で、国内の金融機関に国債を買わせた。
融資先がない金融機関は、預金者から集めた預金につける利子が払えなくなるので、利子がつく国債をよろこんで購入したのである。
こうして、市中のおカネを吸い上げた。

しかしそれから、「異次元」の金融緩和という、「魔法」をつかって、その国債を日銀が「買い上げる」ということをした。
銀行の銀行に当たる日銀が「買い上げる」とは、各金融機関の日銀「当座預金」残高が、「増える」だけのことだ。

当座預金には、利子がつかないので、金融機関の経営はより苦しくなった。
それで、どちらさまも大規模「リストラ」をしないといけなくなった。
行員の人員整理のために、「支店」の整理をしただけでなく、あらゆる「手数料」を値上げして、利用客の利便性を悪化させて不便にさせることをした。

それでも立ちゆかないことをいいことに、外国の資本を導入して、という「言い方」で、わが国の銀行は、事実上の「外資」に買われている。

いまさらだけど、これと似た「手口」が、「郵便局」で実施された。
資金が豊富だった、「郵便貯金」と、「簡易保険」が、それぞれ分離して、永久赤字の「郵便」を別物にしてから、外国資本が購入したのだった。

このときにつかわれた用語は、「提携」だ。
それで、体よく郵便局にあった日本人の金融資産が外国へ移転したのだった。
当時の郵便貯金と簡易保険は、「世界最大」だったのである。

それで、永久赤字の郵便は、日本人のものの「まま」になっている。

つまるところ、日銀は、わが国の「バーゲンセール」をやっているのである。

この「由々しき問題」について、日銀総裁に質問するものがいない。
もちろん、もっと「上」にいるのは、自民党・公明党という「政権与党」であるから、あえていえば「真犯人」は、これらの政党になる。

とくに自民党は、ほとんど言い訳ができない「確信犯」だ。
戦後一貫して、ゆるぎのない「支配」をしてきたからである。
短命だった「細川護煕政権」とか、「民主党政権」に、この「テッパン」を崩す能力も気力もなかったからである。

さてそれで、「マネタリーベース」の話にもどる。
円とドルの為替レートを、マネタリーベースのグラフとつき合わせると、85年以前は、ぜんぜん一致しないで、86年までの一年で急速に「収束」するのである。

これが意味するのは、85年の、「プラザ合意」の威力以外かんがえられない。
すなわち、日本円とドルは、360円の固定制をやめて(71年)も、それぞれが「独自性」を持っていたのである。

「$1=360円の終わり」を決めたのが、71年の「スミソニアン協定」(ニューヨークのスミソニアン博物館で開催された会議)であった。

つまり、わが国の「経済的独立」の、最後の時代が、71年~85年だったのである。
だから、この後の「バブル」すら、「あだ花」なのは、戦後自由経済が終わったことで「咲いた」からであったと解釈すべきなのである。

戦後経済の延長上でバブルになったのではない、ということだ。

それは、「日本買い」開始の派手な「のろし」だった、と解釈すれば、その後の不良債権処理というスピード感ある「叩き売り」の説明がつくし、失われた平成の30年間の説明も可能だ。

「ハゲタカ」が猛烈なスピードで企業を買い漁ったのは、ちゃんとひそかに「準備」して、「狙い」を定めていたからである。
それは、「崩壊時」からではなく、「崩壊前」からの準備なのは当然だ。
そのための「日本法人」をいつ開設したのか?

肥らせて、弱らせて、安く買って高く売る。
ハゲタカとは、究極の「転売ヤー」なのである。

すると、この不可思議な円安とは、「バーゲンセール」だけの意味ではなくて、日本「閉店売りつくしセール」の意味合いが出てくる。
それが、外資による「日本企業買収」であり、「不動産買収」なのだ。

「生産要素」とは、「資本」「労働」「土地」だから、企業買収と不動産買収の意味は、わが国の「生産要素」の買収なのである。
「企業」には、銀行も含まれ、「資本」と「労働」がそこにある。

おそるべき、日本人総奴隷化のはじまりに見える。

残念ながら、全員「逃げ場」はない。

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