妄想・氷川丸運行計画

子どものころ、横浜港大桟橋からの南米移民船の出港を見たことがある。
記憶が曖昧なのは、それが目的だったのか、たまたまだったのかを覚えていないことである。
うっすらと重なるのは、近所のひとの親戚が移民するので一緒に見送りに行ったような、そうでないような。

人生の「出発」には、「別れ」が伴う。

卒業式しかり、転勤しかり、はたまた最期の瞬間しかりである。
駅ホームでの別れも、汽車の時代から特急電車の時代、そして、新幹線の時代となって、だんだん詩情が薄れた。

汽車の時代は、「動きだしてから」も、まだ「間」があって、乗るひとが走れば飛び乗れた。
特急電車の時代は、窓を開けて、何かを渡せた。花や手紙、ときに「言葉」を渡すこともあった。
新幹線の時代は、ご存じのとおりである。

ところが、船となると様相が異なる。
ただの「物見遊山」のクルーズなら、見送るひともあんまりいないだろうけど、移民となれば、「今生の別れ」を覚悟する。
その切羽詰まった人々の気持が、見送るものと見送られるものとを結ぶ、紙テープになったのだ。

音楽隊の蛍の光をバックに、ドラがジャンジャン叩かれて、静かに離岸する船と、ちぎれ行く紙テープのはかなさと絶叫ともいえる声の塊が、子ども心にも哀しくさせた。
それは、まるで、大地が引き裂かれるような光景であった。

あの紙テープは、どうやって回収していたのか?
いまなら、無情なひとたちが、地球環境とか海を汚すなというのだろう。
「あほらしい」
はるか何十年も前のひとたちの方が、よほど文明人である。

横浜に生まれてそろそろ還暦を迎えるけれど、山下公園に散歩にいけば、そこには必ず氷川丸があって、それをマリンタワーが見下ろしていた。
灯台として世界最高の高さを誇ったマリンタワーも、2008年に灯台機能が停止されて、なんだか抜け殻のようになってしまった。

みなとみらいの高層建築がなかったころは、わが家からマリンタワーの赤と緑の灯りが見えて、大晦日の夜0時には港に停泊中の船が一斉に鳴らす霧笛の音が、腹に浸みて除夜の鐘より馴染みがあった。
その霧笛の音も、高層建築に遮られ、外に出て耳をすまさないと聞こえなくなった。

横浜が、ふつうの地方都市になっていく。

国の全国満遍ない開発と統治の仕組みが、横浜から「特別を奪って」、世界一の港町も、いまや「むかしは」をつけないといけなくなった。
「日本三大港」といういい方すら、ハマっ子的には不本意なのである。
実質、横浜市営からいまは国営の港となって、衰退を続けている。

なんとか大型クルーズ船を誘致しようと、ベイブリッジの外側にも着岸できるように横浜市が投資をしている。
どんな投資効果があるのかはしらない。ただ、観光客は大型バスに分乗して、横浜「以外」の観光地に向かうことはしっている。

「横浜港の象徴」ともいわれる氷川丸だって、ホテルもレストランの機能もなくなって、ただの「博物館」になっていることも、衰退する横浜を象徴している。
「文化財」になったから、往年の椅子に座ることもできないで、もっぱら「見学」するだけの施設になっている。

動いていたモノが動かないままで展示されるのは、鉄道博物館だって同じだけども、客席には座れるようにもなっているし、おりあらばSLだって運転されることもある。

ならば、氷川丸を動かす運行計画はできないものか?

できない理由は山ほどどころではない「不可能」があるにちがいない。
そもそも、氷川丸がいまの場所に係留されるにあたって、スクリューが取り外されて、そのためにエンジン・シャフトも一部が撤去されている。

いや、そうではない、『宇宙戦艦ヤマト』のような改装を妄想したいのだ。

博物館の展示品は、陸上の「博物館」に移転させて、最新のテクノロジーを駆使した、氷川丸再生のイメージである。
新造ではなく、あくまでも「大改修」だ。

「復元」という技術は、新作よりも高度な技術を必要とする。
「街ごと復元」する技術に長けているのは、ポーランド人である。
連合国の空襲やドイツ軍の破壊で首都ワルシャワを筆頭に、ほとんどの街ががれきとなった「壊滅」を、驚くほどの根気と技量で、どの街も「旧市街」を完全復元させている。

こんな歴史をしらなければ、観光客はなんの疑念もなく中世からの美しい街並みを撮影するであろう。
しっていれば、その驚愕の復元に、細部までの撮影をするであろう。
この錆びは、本物なのか?復元なのか?すらわからない。

ポーランドの地方都市で泊まったホテルは、外観は典型的な社会主義時代のものだったから、到着したときには期待値がダダ下がりしたけれど、館内の「最新」には呆然とした。
その快適性は、従業員サービスの素晴らしさと融合して、いまだに忘れられない。

街並みを、復元する。
この費用をだれが出したのか?
こたえは簡単で、市民たちであった。
税ではない、寄付や寄贈である。

横浜市は、カジノ問題で市長リコールなどの反対運動がかまびすしい。
けれども、ふるさと納税で失った市税収入の確保のためという「名分」が市当局にある、と書いた。

ならば、ポーランド人のように、市民が資金と技術を出し合って、「妄想の実現」をしたらどうか?
自己犠牲の精神がすこしでも横浜市民に残っていれば、ではあるけれど。
それには、氷川丸という「象徴」がふさわしいとおもう。

もちろん、民間事業であって、公共事業にしてはならない。

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