常連客を優先させる「品切れ」

「いい店」をみつけた。

たまたまそれは、県外の「焼き鳥屋」である。
人気メニューの「つくね」を注文したら、しばらくたって「品切れ」をいわれた。

しかし、後からやってきた「予約客」が、その場で「つくね」を注文したら、ふつうにオーダーを通して品物もやってきた。
クレームをいいたくなる状況ではあったけど、その他の注文で満腹になったのが効果的に「寛容さ」を発揮した。

いい店である。
常連なら注文するであろう数を、あらかじめ確保しておいてくれる配慮は、そのときには気づかなくても、いつかわかるだろう。

だから、こんな店の常連になりたい。
そう思わせることに成功している。
これは、来店客全員を幸せにしたいのだけど、どこかの早い時点であきらめた店主の経験に、なにか、があったはずである。

店は小綺麗で、新しい。
それはなにかはわからないけど、客の動きと予約、そしてなによりも商品の出方を、体験的につかんだからかもしれない。

新規の来店には、厨房からかならず顔をせり出して確認するか、自ら接客・席案内をしていた。
繁盛店とみて、予約なしのわたしは滑り込みセーフで、少し遅れてきたひとは満席で断られていた。

コロナの影響なのかなんなのかはしらないけど、客席側の窓がおおきく開いている。
しばらくすると、店内空間がモクモクの煙につつまれた。
それからやってきた男性は、テイクアウト客で、なんと1万円では足りない額の焼き鳥を持ち帰った。

これが、モクモクの原因だ。
1本の単価から想像するに、どのくらいの人数分があるのか?

感染症の感染経路は、徹底的に追跡調査されることになっている。
もちろん、感染経路の調査目的は、感染経路から感染の遮断をはかることにある。

「SARS」の「亜種」が今般の「新型コロナ」だと判明してきたらしい。
「らしい」というのは、あいかわらず、「特定」も「分離」もできていないからだ。

そこで、「とりあえず」SARSの亜種としてかんがえると、台湾での被害が参考になる。
台湾は、SARSの感染でおおきな打撃があったからである。
しかし、当時、わが国での発症者は皆無だった。

台湾での「発見」は、SARSの感染経路がホテルで判明したことだ。
それは、客室清掃における「雑巾」が原因だった。
つまり、「接触感染」である。

もちろん、当時「PCR検査」などというインチキは実施されなかった。
あのとき、PCR検査が実施されたら、パニックになったろう。
すると、PCR検査はパニックをつくるためにあることがわかる。

「接触感染」は、「触ること」で感染する、という意味だ。
それ以外は関係ない。
だから、マスクは無意味であって、むしろ安心感から油断させてしまう危険がある。

ドアノブやテーブル、電車の手すりなど、複数人が触るところの消毒が効果的だとされた。
台湾での清掃では、石けん液ではなく、水だけで雑巾を洗っていた。
日本で流行しなかったのは、日本のホテルの客室清掃には、石けん液がふつうだったし、消毒スプレーなどが多用されていたからである。

そんなわけで、「エビデンス(科学的根拠)」としては、店内の消毒に努める飲食店での感染事実はほとんどなく、じつは、つい油断してしまう「家庭内」がほとんどなのである。

「接触」なので、「密」も関係ない。

にもかかわらず、飲食店の営業を制限することに躍起になったため、肝心の家庭内が放置されている。
これはなぜか?

おそらく、「タバコ」ではないか?
神奈川県の前職知事がいいだした、「禁煙条例」。
それと、東京都の現職知事がいいだしたもっと強力な「禁煙条例」には、「家庭」が「鬼門」になっている。

つまり、行政権力が「家庭内禁煙」をしようとしら、たいへんな反発があって、とても家庭内は「介入」できない、という経験値からのだれかの「意見」が、これら知事たちをしばっているのではないか?
だとすれば、まともな「家庭内感染防止指導」がされない理由もみえてくる。

そして、方法を失った行政ができること、として飲食店などの営業制約に血まなこをあげるしか、政策オプションがなくなってしまった。
この行政の阿呆加減が、とうとう経済的困窮による「自殺者」を増加させて、病気による死者数を上回る被害を社会に与えている。

だから、ほんとうに必要な「社会的ワクチン」とは、行政に一連の政策をやめさせることなのだ。
そのエビデンス(根拠)なら、政府発表の「人口統計グラフ」がある。
コロナ前の月別死者数推移と、コロナ後の月別死者数推移は、とくだん変わらぬカーブを描いている。

わが国全体の死者数という観点では、コロナ・パンデミックは、見てとることができないのである。
もっといえば、「誤差の範囲」だということだ。

そんなわけで、1万円以上も焼き鳥を買い込んで、連休の一夜を家庭内で楽しもう、ということの危険は、だれにも注意喚起できないことになってしまったのである。

このことを、除けば、また行きたい店である。

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