持ち回りをやめられるのか?

「昭和」の終わりかた,という本があったら読んでみたいものだ.
奇しくも,昭和63年から昭和64年の年越しで,民放連による「ゆく年くる年」が終了した.
大晦日の新聞テレビ欄は,NHKの「ゆく年くる年」と,民放の「ゆく年くる年」が,30分ほどではあるが,一本の帯をつくっていた.
これをしっているのは,もう40代以上のひとたちになる.

ふだんは視聴率をあらそう民放各局が,年に一回,休戦協定のようにぜんぶがおなじ放送をした.
そして,各局の持ち回りで「担当局」を決めていたから,じつは「一大看板番組」だった.
「局の総力」といってもいい.
人間がきめた,暦による「年末と年始」という1/365の珍しさが強調されたのだ.

しかし,引いてかんがえれば,毎日が1/365なのであるから,年越しが特別だというのは,あんがい意味はうすい.
このブログでも書いた,明治5年の年越しは伝統ある「太陽太陰暦」から「太陽暦」への転換だっから,それはもう特別だったろうが,おそらく人びとは「へーっ」といって日常を過ごしただろう.

各局同時放送が終わりになったのは,休戦協定の意味が薄れたからであった.
すなわち,視聴者の価値の多様化である.
それで,各局が独自に放送することになった.
まさか,昭和の終わりと時を同じくしたのは偶然だったにせよ,「価値の多様化」は偶然ではない.

大イベントで,会場を持ち回りにしているのは,スポーツの世界が好むことだ.
いま開催中のサッカーもしかり,オリンピックが集大成である.
それで,あまりにも「金銭」が動くから,これらを仕切る団体には,巨大な利権がまとわりつくのは自然なできごとだ.

その利権の誘惑に,「勝つ」か「負ける」かの神経戦が,団体理事たちに課せられる.
なるほど,スポーツとは,まさに「心技体」の心得がみがかれるものである.
一方では,否定的な見解もある.
それで,オリンピックという祭典をやめるべきだという論も聞くようになった.

そうしてかんがえると,政治の世界の「サミット」を筆頭に,持ち回りで開催されているものがある.
いつもおなじ場所だと,いけないわけは「気分」にちがいない.
首脳たちも人間だから,「気分」はたいせつなのだ.
それに,警備や宿泊先などは,一生に一度の経験を強いられるから,実力の「底上げ」にもなる.

外資系の会社に働いた経験で,「なるほど」とおもったことに,ふだんから贅沢なオフィス環境にいながら,なぜに外部の贅沢な会議室を借りてまでの会議をしたがるのか?という不思議のこたえがある.
それは,ここ一番の会議でほしいのが「アイデア」だったからである.
そのためには,環境をかえることが有用だということが心理学でわかっている.

「今日ほしいのは,アイデアだ」そして、「これにかかる経費は,株主も納得するだろう」がつづく.
ふだんの贅沢なオフィス環境も,「高いパフォーマンスを得るには,オフィス環境は大事だ」だから,「株主も納得するだろう」となる.

典型的な日本企業は真逆である.
占領軍が持ち込んだ,前線基地用のスチール机と椅子でよい.
せまい事務所に,人を押し込んで,なんとかする.
これが,経費削減というものだ.

アクション映画,「ランボー」で,主役のスタローンを上司が説得する基地のセットには,日本のオフィスで定番のスチール机と椅子があったのが印象的だ.
それは,急ごしらえでも機能だけがあればよい,という「軍」の備品としての完成度を意味する.
なるほど,耐久性はハンパないわけだ.

重要な会議のために,重要な立場の人物のスケジュールがかんたんに調整できる,ということはほとんどない.重要な立場の人物ほど,日程が込み入っているからである.だから,秘書がつく.
それで,「持ち回り会議」が発明された.
すなわち,書類を回覧してサイン(印鑑)をもらう.

国家であれば,「持回り閣議」という.
企業であれば,「稟議」というものだ.
「印鑑」の文化がある日本には,役所が認める「印鑑証明」という制度がある.
それで,日本企業で「役員」になると,会社に「印鑑証明」も提出する.

「稟議」は,「持回り役員会」だから,この書類への押印は法的行為となる.
それで,印鑑証明の印鑑,すなわち「実印」をつかう.
相続に失敗して,親の借金まで相続したひとが自己破産したら,管理職として会社での「押印」という法律行為ができなくなるから,業務遂行に支障をきたし,「合法的に」解雇された事例がある.

電子決裁時代になって,「稟議」をはじめとした各種書類が,いまだに「紙」という会社は少ないだろう,ということはない.
日本のばあい,役所もふくめ,まだまだ「紙」の時代である.

ビットコインと呼ばれる仮想通貨には,「ブロックチェーン」という技術がつかわれている.
この技術は,書き換えの記録が必ず残る,という仕組みである.
この技術をつかった,社内決裁がもっとも実用的であろう.

電子決裁の利点は,スピードにある.
「紙」の持ち回り決裁をしている,日本のおおくの企業で,どのくらい「スピード」が重視されるのか?が,最大の難所である.

持ち回りはやめられないが,経営陣のなかでの決裁スピードも求めない.
それで,従業員の生産性を疑うのなら,笑止というべきか.

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