改革好きの改革疲れ

国も企業も「改革」が叫ばれ続けて何年になるか?もうわからない.
江戸時代には,享保の改革,寛政の改革,天保の改革と,学校では「三大改革」と教わるけれど,260年間で三大改革なのだから,平均すればだいたい90年にいちどのペースである.

そこで実際はどうだったのかしらべると,享保の改革は1716年から45年の約30年間で,家康が征夷大将軍になってから百年以上後であった.その後の寛政の改革は,1787年から1793年だったから,約半世紀後,そして,天保の改革は,1841年から43年でやはり半世紀後ぐらいになる.そしてそれから四半世紀後の1867年に大政奉還となって,幕府自体が終焉をむかえた.

のんびりした時代だったとはいえ,ずいぶん間があいた.
しかも,基本的にどれも失敗したから,わたしたちはなんとなくバカにした感覚でみているが,昨今の「改革ブーム」で,成功したためしがないことを挙げれば,江戸時代のことを嗤える根拠はない.
むしろ,為政者がほんとうに実行して失敗した,という点で,現代よりも潔いのだ.

なにしろ,現代の「改革」は,「改革」をいうひとほどなにもしない,という特徴があって,ほんとうに改革になる部下がつくった「改革案」を骨抜きにするのが仕事になっているからたちが悪い.
そんな人物たちの口車にのせられる「株主総会」は,株主優待という特権をもとめるようにまでなっているから,企業を育てる,という感覚に期待する方がバカをみるようになった.

「リストラ」という用語も,バブル経済前にはちゃんと,雑誌でも「リストラクチャリング」と印刷してあって,きちんと「事業の再構築」を意味していたが,バブル崩壊のドサクサで,人員整理のことを「リストラ」というようになった.

結局は,事業の再構築ではなくて,事業の崩壊を食い止める手法として,事業の崩壊をまねいた経営者たちの保身からでた造語であったが,それで,自社の社員の頸を切ることが正当化されたから,日本的経営と賞賛された日本企業の経営方式も,ここで終焉をむかえた.

保身のためだから,終身雇用と年功序列をやめることが「改革」に変容して,社内で実力の公正公平な測定方法がないのに「実力主義」を標榜するようになった.
これを,大学受験という制度上での競争しかしらない学生に,年功序列と実力主義のどちらが魅力的かとインタビューして,高偏差値の学校の学生ほど「実力主義がいい」といわしめたのは誘導尋問であると,おとなのだれもいわなかった.

こうして入社した実力主義の新入社員たちは,おぞましいほどの社内の混乱をまのあたりにして,なにがなんだかわからなくなったから,スピンアウトするものが出るのは,むしろ当然だった.
そして、いつの時代にもいる要領のいいものが,社内の制度を利用して泳ぐことができたのである.

つまり,そうした社内の障害物競走を,泳ぎきったものたちが,日本的経営慣行である「社内昇格」という方式で取締役に昇格するから,真の改革を望むべくもない,ということになる.
そうしたわけで,いつでもどこでもなんどでも「改革」という単語を口にはするけれど,失敗の責任をとる気は端っからないから本人は,なにもやらない,のである.

部下に立案させて,部下に実行させる.
それで全社が動くわけもなく,台風の中心が晴れ渡っているのとは裏腹に,中心から遠ければ遠いほど,はげしい嵐が吹き荒れる.
毎日が平穏な役員室フロアがあって,現場の混乱のどあいが日々深まるシステムは,こうやってできている.

だから,改革に疲れ果てているのは現場であって,役員室フロアでは,「わが社の改革は手ぬるい」などという世迷い言が真顔で話されるから,これをショート・ドラマにすれば,ただのお笑いコントになってしまう.

やるならちゃんとやってほしい.
すなわち,やり遂げる,ということができない.
「中途半端」ということの繰返しが,昨今の「改革」の正体でもある.

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