政府が民間賃金を上げさせる方法

社会主義者たちの自民・公明連立政権がもくろむ、民間の賃金を上げるということの「ばかばかしさ」は、勘違いを超えて、まったく資本主義をしらない幼稚さのあらわれだ。

だから、社会主義者は共産主義者からバカにされるのである。

こうした発言に対する反応として、もっと驚くのは、いまの「財界」が、「歓迎」の表明をするか「無反応」なことだ。

高度成長期の財界なら、こんなことをいう政治家が出てきたら、すぐさま財界総理が直接面談して、面と向かって「阿呆か?」と、とくとくと解説したことだろう。

たとえば、絶対主義時代の国王が、「インフレよ静まれ」といって、インフレが収まるなんて考えるのもバカバカしい。
どんな時代でも、経済は誰かひとりの人間やらで動いているような代物ではない。

このブログでも何度か紹介している(おそらくこれからもしつこく)、ミーゼスが、とっくのとうに、「社会主義経済計算=計画経済」の不可能を証明している。
それが、ロシア革命から3年後の1920年、『社会主義共同体における経済計算』であった。

わが国は、あんがいと早くから「左傾化」していて、ミーゼスの著作はこれまでにたった4冊しか邦訳がないのである。
気分を入れ替えれば、4冊を読む「だけ」で、社会主義のまずさがわかる、としておこう。

さて、岸田政権なる社会主義政権は、トンチンカンな社会主義を目指した「アベノミクス」より、もっと「左」の政策を打ち出すことが期待されている。
にもかかわらず、党政調会長に再任された女性議員は、「保守の看板」を装っているのだ。

この「人事」は一体どういうことか?
安倍政権は、岸信介=福田赳夫の譜系「細田派:この度晴れて安倍派になった」で、岸田政権は、吉田茂=池田勇人=大平正芳の譜系「宏池会」なのだ。

総裁選での「協力」に、ただ応じたものか?
それとも、深遠なる考慮があるのか?
はっきりしないのも、岸田氏らしい。

自由競争をもってする側からの「妄想」を言えば、政府が民間に賃金を上げさせる方法は、かつての民主党・鳩山由紀夫内閣がやった、「最低賃金引上げ」という「王様の命令」ではない。
この方式を韓国の文政権が真似たのは、社会主義同士の意気通じる共通がある。

もっとも簡単な方法は、すべての公務員(地方も含む)の賃金を、1.5倍とか2倍にすればよく、さらに、中途採用の条件に、企業のリストラ対象者を指定すればいい。

「優秀な人材」は民間に、そうでないひとは公務員にさせるのが正しい。

けれども、上の方法では、優秀な人材は公務員になりたがる、という第一段階がやってくることに批判があるだろう。
しかしながら、「賃金の高さ」だけで公務員という職業人生の判断をするような人材は、じっさいに優秀だと高い評価ができるのか?

ここに、競争が発生して、優秀な人材を民間が本気で求めるなら、なにをもって公務員と競争するのか?ということになるのである。

リストラ対象者は、割増退職金をもらって、さらに「楽勝」な公務員になって、元の企業より倍数がかかる賃金を得られれば、「ラッキー」このうえない、と発想するひとたちである。
これはこれでいい。

では、企業に残るひとたちは「損」なのか?

どうしたら、この競争にうち勝つのか?を考えないといけないのだ。

つまり、この「妄想」で見えてくるのは、今の「物言わぬ財界人」とは、競争にうち勝つという気概も自信もない、という情けない姿なのである。

実際に韓国政府がやった、最低賃金の「大幅」引上げで、なにが起きたのか?
若年者層を中心にした、大失業の到来だった。
どういう根拠かしらない、政府が決める「最低賃金」が、アウトプットに見合わない、という水準になれば、どの国だって同じことが起きる。

そのアウトプットに見合わない、と判断するのが、政治家や役人がバカにしてはばからない中小零細の経営者だ。
なにも財界人だけが経営者ではない。

最初に、パートやアルバイトが解雇される。
世の中でもっとも弱い立場から、犠牲になるのである。
しかし、この社会主義的政策は、共産主義からみたら、やっぱり中途半端なので、ここで終わる。

犠牲者を救済する方策が用意されない。

そこで、共産主義者は、「ベーシックインカム」を言い出すのだ。
しかし、国民の過半がこの対象になったら、こんどは国家経済が立ちゆかない。
制御不能のインフレになったら、元も子もないのである。

いま、ほんとうに優秀な人材は、「起業」する。
学校を出たら大企業に就職する、というパターンは、すでに「古い」ばかりか、害悪になっている。

だから、本来であれば、学校における教育も「起業」に基準を置かないといけない。
しかしながら、制度設計をするおとなも、現場の教師たちも、古い発想で凝り固まっている。

これが、ほんとうの賃金引上げの源泉なのに。
すると、ますます、大企業経営者がつくる「クラブ」である、財界の「古さ」が浮き彫りになるのだ。

そして、「起業」に適した「金融」がないことが、致命的なのである。

世界で唯一、30年以上も賃金が横ばいのわが国政府がやってきた「経済政策」の、無意味を超えた、「実質マイナス」という「結果」をみれば、もういい加減に政府に依存することが、いかほどに「損」なのかを国民が気づけないままでいることが、もっと致命的なのだった。

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