日本の中途半端なやさしさを否定したWTO

日韓関係は「最悪」になっているが、政治ではなく「科学」でかんがえると、本件はまっとうな判断なのではないか?
むしろ、これをそれぞれの政府が政治に利用したがるだろうし、それを支持するひともでてくる。だから、やっぱりまっとうなそれぞれの国民には迷惑なことだ。

日本では相手が韓国だからという理由なのか、このたびのWTOの「逆転敗訴」が、あたかも「不当」のような主張がなされている。
しかし、福島原発事故による八県(青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉)の水産物輸入にかんして、いまだに禁輸措置をしている国・地域は23もあるのだ。

ほんとうに「不当」なのであろうか?

問題の核心は、「安全性」にあるのは当然だが、「日本政府が『安全』宣言している」から安全だということは「科学的」にいえない。
さらに、日本政府は「科学的」だと一審で事実認定されたこと自体は維持されているともいっている。

「科学」にもとづいているから、「安全なのだ」という「主張」なのであるが、今回の上級委員会は、「WTOでは食品の安全性について科学的証拠が不十分な場合、暫定的に規制を認めている」との韓国の主張に対し、日本は反論しなかったとも指摘」しているのだ。

すると、あたかも「反論しなかった」日本側の落ち度が「痛い」ことに矮小化されそうだが、「反論『できなかった』」のではないか?という疑問すらうまれるのである。

なぜそんな疑問がうまれるかというと、日本政府は事故以来一貫して(民主党政権から現行政権になっても「一貫して」)、放射線物質による汚染状況をほとんど発表していないどころか、隠蔽しつづけているからである。

この態度は、100億円以上かけて開発していた「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information、通称:SPEEDI)」というものの存在すらひろく国民が認知していたわけでもなく、しかも、「試算」であって「誤解をまねくおそれがある」という理由で、事故後に計算結果の発表もしなかった。

のちに、政府は発表もしなかったことを「謝罪」しているが、放射線による影響という問題だから、「ごめんなさい」ですむはなしではない。
国民の「被爆」について、まったくの無責任を貫いただけであった。

さらに、愕然とさせたのは、事故後、放射線の安全基準が「変更された」ことである。
「一年間に1ミリシーベルト」まで、を金科玉条のごとくまもってきていたはずなのに、なんの根拠かわからないうち(いまだにわからない)に、「20ミリシーベルト」になった。

この根拠不明のあたらしい基準で、ものごとがかたられるようになったけど、国内では「基準内だから安全」となって、マスコミもこの情報をたれながした。

いわば、「大本営発表」になったのである。

むかしの戦争の「反省」などぜんぜんしないで、ただ「戦争はいけない」と唱えれば戦争にならないという「宗教」だけでやってきたから、あっさり「大本営発表」にのってしまうのは、脳の劣化である。

日本政府は国内がおさまれば、あとは関係ないという「鎖国」をモットーとしているから、国内情報操作に成功してホッと息をついたら、おおくの外国が「安全性に疑問がある」と、「禁輸」の措置をとったので、あわてて国内での「成功体験」で押したのである。

それで、とうしょ禁輸を54カ国がしたが、上述のようにいまは23に「おさまって」いる、という具合である。
大親日でしられる台湾すらいまだに禁輸していると、韓国を前面に出すマスコミは「そっと」伝えるのも、いかがなものか?

そんなわけで、われわれ日本国民は、どんなふうに「汚染」されているのかもしらず、基準値の「科学的根拠」もしらず、政府や農協が「安全」というから「安全」なのだ、といってWTOがおかしいといっているのだから、冷静にみればどちらがおかしいのかはあきらかだろう。

これは、中途半端な「やさしさ」が諸悪の根源なのである。

漁業従事者の生活をどうする?
農業は?水は?なかんずく除染ができない山中の山菜や野生動物は?
そもそも、ひとが住みつづけていいのか?

事故後のネット上のニュース番組で、保守系論客を自認している有名女性ジャーナリストと、自由な報道をめざす若いジャーナリストとの対談があった。
若者が、「放射能の影響を報道しないのは犯罪的だ」と発言したら、「そんなことをいったら当人たちが可哀想だから、ぜったいに報道してはいけない」といいきって、若者が絶句していた場面がある。

すくなくても第一次産業はなりたたないとか、もう住めないから永久避難だとかいったら、可哀想だということだ。
それに、汚染でどこまで「放棄」しなければならないかを「厳密」にしめしたら、東日本全体になるかもしれないし、そうなったら「パニック」になって国家がもたない。

この有名ジャーナリストは、政府のお先棒をかつぐのが「『保守系』ジャーナリズム」だと自己定義しているにちがいない。
それなら、わが国の報道機関のありようが、たしかに見えてくるから「失言」ではないが、こんな人物の発言をありがたがることはない。

可哀想なのは、なんにもしらないで発病してしまうひとたちである。
もちろん、このなかにわたしもふくまれる。
かつての「水俣病」や「イタイイタイ病」の教訓が、ぜんぜんいかされていないどころか、ガン無視されているのだ。

こころを鬼にしてでも、事実を事実として伝えるという愚直さがなければならないが、もうそんな気概すらないのだろうか?
最初から無責任な政府に期待はできないが、気概をもって国民が求めないからこうなるのだ。

健康な国民がいるかぎり、国家がもたない、という理屈はないのだ。

ことばだけで科学をいう国が、これからの将来、「科学技術立国」などできるはずがない。
そんな基盤がない国で、もっと高度な「観光立国」など、夢のまた夢である。

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