日本は「西側」に留まれるのか?

すごい「証言」が23日付けのユーチューブ・ニュース番組で語られていた。
質問者は、長谷川幸洋氏。
発言者は、河野克俊元統合幕僚長である。

第二次安倍内閣が長かったし、その「タカ派」という意味不明のレッテルから、あたかも国防の現場情報について、自衛隊の大幹部が官邸でいとも当たり前に総理ブリーフィングをしていると思っていたら、実際にこの「きっかけ」は、「民主党政権」になって実現した、と明言した。

それは、総理秘書官を防衛省からも出す、ということである。

ということは?
以前は、各省からやってくる、事務官ですら、防衛省出身だと官邸に入れなかったということで、許されたのは大臣級の議員ばかりであった。

もちろん、総理秘書官は、「文官」である。
「公務員試験」に合格して、高級官僚の卵として防衛省に入省したという「だけ」であって、たいがいの省庁からやってくる秘書官は「本省課長級以上、審議官以下」であり、総理秘書官は一般職ではなく「特別職」になる。

それは、総理の「ため」ではあるけど、裏返せば自省のための「出先」としての官邸だからである。
しかして、「初の」防衛省出身総理秘書官は、「特別職」をあたえられず、一般職のままであった。

初としては、これが限界か。

この人事をしたのは、「菅直人内閣」においてである。
もしや、あの政権の唯一の「得点」ではないか?
その後の第二次安倍政権によって、内閣に国家安全保障局が平成26年にできて、以来、制服組も局員として制服着用のまま勤務しているという。

ずいぶん前の、村山富市総理も、この管直人総理も、自分が自衛隊の最高司令官だという認識を持っていなかったのは、巷間にいわれた話である。
もっとも、いまとなって蒸し返している、尖閣事件の証言でも、当時の政権は腰砕けであった。

「シビリアンコントロール」の意味が、間違って「定義された」ことに原因があるのはもちろんだけれど、「高等文官」でさえも官邸の敷居をまたがせない、という「慣例」の元にある発想とはなにか?

ときは平安時代、朝廷を仕切ったのは貴族階級に限られていて、武士も「さぶらうもの」として、貴族の召使いであった。
すなわち、この時代のわが国には、「軍隊」が存在しなかった。
官職としての「大将」は、ほんとうに「名目」だけだった。

ひとを傷つけて「血を見る」こと自体が、「穢れ」だったのである。
それが、動物の「革」にも拡大適用されて、革製品の結集物である「鎧や兜」を身につけることも「穢れ」になった。

なんと、この「穢れ」は、当事者の武士にも伝染して、江戸幕府は、町奉行所の「同心」とか、『子連れ狼』の主人公、拝一刀の生業「公儀介錯人」も、形式的に「一代限り」としていた。
「穢れた家系」を武士として永久にお召し抱えすることすら、雇用主たる将軍家が「穢れる」ことをおそれたからである。

それで、彼らの相続は、次世代の後継ぎが、あらためて「初めて」その職に就くという面倒くさいことをしていたのである。
だから、ふつうの武家における「跡目相続」とはちがう。
すなわち、彼らは「武士」ではなかったのである。

すると、現代において、わが国は、国家として自衛官をどんなに高級幹部であっても、「武人」として扱っておらず、そのひとたちを事務的に支配する、「内局」の事務官でさえも「穢れ」の対象にしていたのである。
なるほど、左翼民主党政権こそが、この「宗教的概念」を「開放」できた。

あたかも、フランス革命が、キリスト教会を無残な弾圧をもって制したのと似ている。
さらに、「リアル感の欠如」で、憲法9条や自衛隊を語っていたことに、政権を担って、なにか反省したのか?と問うても、変化のかけらもないのも、ロベスピエールの革命政府に似ている。

このブログで指摘しているように、二極化した世界は、日々対立が激化していて、もはや戦闘がないだけの戦争状態にある。

双方の「本気」は、冗談ではない。
前に書いたように、「コウモリ君」は許されないのは、双方ともに、許さないからだ。
米ソ冷戦時代のように、どちらからも「美味しいどこ取り」はできないのだ。

しかし、有職故実と過去の成功体験が、とっくに条件となる事情の変化という「リアル」を無視させて、日本は特別だ、と根拠なく「美味しいどこ取り」ができるとかんがえていないか?
これは、完璧な「甘えの構造」に見える。

すでに「臨戦態勢」にあたって、両国が「立法」による措置を加速化させている。
一方の国に議会がない分、すぐに法をつくれる有利はあるものの、わが国の企業にあたえる影響度では、アメリカ側の法も強烈度が高まっている。

この中に、「アメリカへの輸出禁止」や、「アメリカ企業との取引停止」を謳ったものがある。
だから、この戦争の被害を被らないためには、「軍事情報」としての、「経済法」をチェックしないといけない。

そして、わが国の企業経営者に、この情報を正しく伝えるひつようがある。

これを、防衛省・自衛隊がやるのか?
外務省か?経産省か?国家安全保障会議か?
かつて例のない、「経済制裁法体系」という外部経営環境が構築されている。

対峙する国での工場を拡大するという方針を打ち出した、世界最大の自動車会社が、もしや、アメリカ合衆国への輸出禁止措置がとられたらどうなるのか?
あるいは、インテリア(家具)小売業大手の企業は、企業内サーバーで話題の電子機器会社の製品をつかっているけど、制裁対象にならないのか?

おなじく、外国人相手なら売り上げが「輸出」にあたる国内ホテルでも、これら法体系が適用されれば、アメリカ政府職員の宿泊などは制裁対象になりうるのである。

27日のロイター通信によると、新首相は来月初旬、来日するアメリカ国務長官と会談し、その後、王外相も来日する予定になっていて、両国からの綱引きが日本で開始される。
例の「国賓」問題が蒸し返される。

大丈夫なのか?

相手国に「穢れ」という概念がないことだけが救いであるけれど、論理的に「制裁される」ということでの「股裂き」になるリスクが高まっているし、世界の注目が集まること必至だ。
すなわち、「西側」なのか?という最大の選択肢への興味である。

かつての日本、台湾は、とっくに態度を決めている。
とうとう、わが国は、台湾人から尊敬されない国に落ちぶれるかもしれない。
草葉の陰で、岩里政男(李登輝)氏も見つめている。

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