日本占領政策の変遷

東京にある、国立国会図書館は、わが国にある図書館の最高峰だ。

これは、「国立国会図書館法」という法律で、わが国の出版物の「全部」を「強制的」に収集しているからである。
それに、各国の公開された公文書も収集している。

公開された公文書とは、元は「機密文書」だったものである。

こうしたことが行われるのは、わが国最高の国権機関である、「国会」での議論を補助するためだ。
しかして、「主権者」は国民だから、ひろく一般国民にも情報を開示することが、国会図書館の任務となっている。

わが国でとくに重要な外国は、いうまでもなく「アメリカ合衆国」だ。
これには、「情報公開制度」をどうするのか?という、わが国の「国内問題」もあるし、「制度」だから、「立法」の職務となる。

つまり、国会図書館の調査を利用することが、もっとも正確で手っ取り早いのだ。

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8331133_po_0806.pdf?contentNo=1

これをみると、アメリカでは、期間が過ぎたら自動的に公開される区分の公文書と、そうではない公文書があることがわかる。
自動的の方は、長くとも25年が経過すると公開される。

そうでない方は、50年か75年で機密解除されるものと、やっぱり機密のままとに分けられることがわかる。

それでもって、わが国の「占領目的」とかがどうなっているのか?をみようとしたら、やっぱり国会図書館が資料を整理してくれている。

『日本国憲法の誕生』がそれにあたる。
また、『資料と概説』があって、このなかにアメリカ合衆国の機密解除された資料も開示されている。

一番目の資料が、1943年(昭和18年)年11月22日からはじまった、カイロ会談で、同年12月1日に「カイロ宣言」として発表されたものの「原本」である。

この会談での「首脳」とは、フランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相、蒋介石中国国民政府主席となっている。

二番目の資料は、ジョセフ・グルー(戦争前の駐日大使、大戦末期の国務長官特別補佐官)が、カイロ宣言があった同月29日にシカゴで行った演説の原稿だ。
そこには、日本人は、「羊のように従順」とある。

これらたった二つの資料でわかるのは、アメリカ民主党ルーズベルトは、かなり早い段階で、「戦後秩序」を考えていたことだ。
カイロ宣言にしても、「準備」の後の結果だからである。

すると、ほんとうの「準備」は、「戦前から」だったとすれば、その証拠資料はいつまでたっても公開されることはないだろう。
日本を嵌めたことが明確となって、現代の日米関係が壊れるからである。

ちなみに、カイロ会談の会場となったのは、ピラミッドに近い元王宮で、1869年創業のホテル「メナハウス・オベロイ」で、いまでも会議場はそのままにして公開されている。
このホテルのプールサイドでいただくカレーが絶品だった。

プーチン氏がウクライナの泥沼へ「引きずり込まれた」というのは、わが国が戦争に引きずり込まれて、その最初の一撃を真珠湾でしたことが例えられる根拠になっている。

ゼレンスキー氏がアメリカの国会議員を前に演説した、「真珠湾」が、「語るに落ちる」ことになったのは、このことを指すからである。
にもかかわらず、その後の、わが国国会議員は、スタンディング・オベーションを彼に送るという「従順さ」を示したのだった。

どちらにしても、日本の「参戦」には、複数の利用目的があったことは明らかで、チャーチルが泣いてよろこんだ逸話がその一つとなっている。
ヨーロッパ戦線に参戦しないことを「選挙公約」にしていたルーズベルトのアメリカが、正々堂々と参戦する口実を与えたからである。

しかし、「泣き虫の」チャーチルは、最新鋭不沈戦艦プリンス・オブ・ウェールズが日本海軍によって撃沈されたと知るや、こんどは絶望の涙を流して、とうとう日本の「敗戦後」、アジアから大英帝国の支配そのものが消滅したのだった。

だから、ほんとうは「誰が勝者なのか?」がわからない戦争だった。

 

そんなわけで、アメリカ=連合国=国連の、日本占領による、「日本改造」の第一次基本方針は、二度と米英による世界秩序に逆らわない国につくりかえることだった。

すると、日米戦争の「真の目的」が、このことだったとわかるのである。

この基本方針は、トランプ氏が除こうとしたけれど、民主党バイデン政権によって戻された。

トランプ氏が在日米軍費を「大幅増額」したのは、外国軍によるコストが自前と同様にすることで、日本人が「自前」を選択するように促したのだ。
すなわち、アメリカ・ファーストは、日本にとって日本ファーストで構わないし、それでこその「同盟」だと示したのである。

これは、戦後初めての「日本独立」を認めたアメリカ大統領による、戦後秩序の転換を意味した。
けれども、肝心のわが国が、「属国」の「安寧」から抜けるのを嫌がる、グルー氏がいった、「羊のような従順さ」を見せつけたのだ。

ここにきての「ウクライナ」で、やっとこさ自民党も「専守防衛」では現代戦には対応できないことを認めた。
いまさらだけど、国民は「そりゃそうだ」となるのがふつうなのに、これを嫌がるひとがいるのは、非常識を「善」だと教えられてきた、「暗記教育」の成果でもある。

自分の頭でかんがえることとは、かくも「困難」なことなのである。

それがまた、「保守」に浸透したために、残すは亡国への一直線なのであった。

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