梅干しと醤油の買い物ツアー

こないだ3㎏予約した「完全潰れ梅干し」が、用意できたとの連絡があったので、大風の中かみさんとお買い物半日ツアーに出かけてきた。

せっかく小田原まで出かけるのなら、すこし足を伸ばして、御殿場の醤油を追加購入しようとなったのである。

このお醤油屋さんは、日曜が休みだし、土曜も休むかもしれないので、念のため電話して営業中か確認した。
さいきん、目指した先が定休日だったり不定休の休みに当たったりと、店先で呆然とすることがあるのだ。

言っちゃ悪いが、ちゃんとした老舗ほどHPの情報が更新されていなくて、信用できないのである。

もちろん、老舗でもデジタル対応がしっかりしていることもふつうにあるが、あんがいと「ここ一番」の店が、ダメなことがあってそれが印象に残るのである。

逆に、老舗の立場からいえば、べつにHPなんてどうでもよくて、なんかしらないが商工会とかとの付き合いでHPを製作すれば、地元行政から補助金が出て安く作れるとそそのかされたパターンが多いのだ。

どんなに行政が鬼の形相で地団駄踏んでも、商店街振興がムダな努力となるのとおなじなのである。

そもそも、その店に魅力がないか、魅力の表現すらできないならば、なにをやってもうまくいかないし、ましてや商売をしらない行政マンがどんなにえらそうに口をだしても、ほとんどが無意味なのである。

明治の初めの、「武士の商法」よりひどいのが、行政における「地元経済対策」の失敗の本質である。

これを、国家も「経済産業省」なる武士の商法しかしらないものに、多額の予算を与えるので、もっと始末が悪いことになっている。

そんなわけで、知らないひとには知らないままに、わが家ではちゃんとした醤油をつかって、自己満足に浸っていればそれだけでいいのである。

在庫の醤油が一升を切ったから足を伸ばした買い物動機であるが、この造り醤油屋の醤油を一升瓶で販売している小売店を他に知らないからでもある。
沼津のスーパーには、小瓶しか取り扱いがなかったのだ。

しかし、どういうわけかビンからペットボトルへの容器変更を行っている最中で、ビンで二升買えたのは、直接行ってみた甲斐があったというものだ。
これからは、ここの醤油瓶は保存して、ペットボトルだけの販売になったら、自分で容器を入れ替えて保存することになるだろう。

そのための、漏斗もどこかで買っておかねばならない。

せっかくのちゃんとした醤油が、なぜにペットボトルになるのか?
いまどきだからこそ、世にも不思議なことではある。

ゴミになった最終物の再利用という発明品だった、「レジ袋」を法ではなくて、省令という国会を通さないやり方で国民に有料扱いを強制させた、横須賀の小泉議員の天才は横にしても、レジ袋同様に高分子体の「PET(POLY ETHYLENE TEREPHTHALATE)ボトル」は、再利用が困難な物質だ。

それを、「リサイクル」と言いだして、爆発的に利用が増えたのは、プロパガンダによって国民の道徳のタガをはずしたからである。
それでもって、悪辣な組織と化した横浜市は、回収したペットボルは再利用業者に引き渡すだけで、「再利用している(はずだ)」と強弁して、その先の出来事に頬被りしてはばからない。

醤油などは、化学反応を起こさない、ガラス瓶での保存がもっとも安全で合理的なのだ。
PETボトルでの長期放置は、石油由来成分がしみだしてくるおそれがあるからである。

けれども、ガラス瓶の扱いは重いとか、ペットボルに比べたら費用がかかるとか、あれこれといろんな悪魔の誘惑があるので、とうとう社長の決断に至ったのだろうとおもうと、残念でならない。

そんなわけで、ラベル付き一升瓶が貴重になったのである。

一方、小田原は曽我の梅林では、用意してあった梅干しは、「完全潰れ梅」のはずが、なんだか粒ぞろいなのである。
店主の気配りが、なんだかうれしい。

けれども、厚手のビニール袋に入っているから、これもどうやって容器に詰め替えるか?が問題になった。
むかしなら、樽にそのまま漬けたのだろうが、いまではプラスチック製の樽になっている。

卓上には、陶器の梅干し壺を常備しているけれど、保存用のものはない。
耐熱ガラスの鍋があったが、ずいぶん前に棄ててしまった。
蓋付きのあれが、梅干し保存に最適だったかもしれないと悔やむが、後の祭りだ。

やっぱり、陶器かガラス製の容器がいい。

それならば、と、リサイクル・ショップで探してみよう、ということになった。

曽我のこのあたりは、「農村」なので、その他の野菜やいまなら柿とみかんの直売所が並んでいる場所もある。

ぜんぶが小田原産だ。

せっかくなので覗いてみたら、大量のみかんがあった。
早生なので、小粒な品種はもう終わりだという。
味見をしたら、好みの酸味がある。

「小田原のみかんは酸っぱい」といわれてきたが、さいきんではずいぶんと甘くなったそうだ。

「甘いは、うまい」というトレンドがすっかり果物に張り付いて、逆に、「やみくもに甘い」ばかりとなった。

それが典型は、山梨の、「シャインマスカット」だろう。
ただ甘いだけの葡萄が、もっとも高単価商品になっているのは、ちょっと笑える。

それでも、ひと手間加えると劇的に変化するものだ。
旬の柿は、ヘタを取って焼くと断然甘くなることを覚えたし、シナモンとの相性もバッチリだ。
サツマイモは、70度の時間帯をおおくつくる加熱法(弱火で蒸す)で、酵素が作用して抜群に甘くなる。

なんだかいろいろ買い込んだけど、スーパーにないものばかりで、まずは満足なのである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください