民主主義の学校ではない地方自治

いまや「逆神」と化したごとくの非常識がまかりとおっている。
「地方自治は民主主義の学校」といったのは、駐米大使も務めたイギリスの政治家・外交官ジェームズ・ブライス(1838-1922)だった。

身近な問題をあつかう地方自治に参加することは、そのまま民主主義を学ぶことができる、という意味である。
しかし、このとおりにならないのがわが国の「地方自治」である。
なぜなら、地方で自治のできる範囲がほとんどないからだ。

わが国は、強烈な中央集権国家なのである。
GHQ(連合軍総司令部)の、設計ミスなのか?それともわざとか?

地方自治といえば、地方公共団体としての都道府県に市町村があることになっている。
トップとなる知事や市町村長は、直接選挙でえらばれるし、それぞれの地方議会も、それぞれに「条例」を定めることができる。

しかし、この「条例」には、かなりの「規制」があって、中央である国会が定める「法律」や、役人が定める「省令」や「規則」それに「通達」などの範囲を超えてはならないことになっている。
ある意味当然ではあるけれど、その規定範囲が「狭い」ため、事実上、「金太郎飴」のようなことになるのである。

新進気鋭のアメリカ政治研究者、渡瀬裕哉氏によれば、わが国に「地方自治がない証拠」として、全国一律の「住民税」を例示している。
これは、アメリカではかんがえられないことなのだ、と。

「適度な競争」が、効率的な社会をつくることは、歴史が証明している。
計画経済が不効率なのは、需要と供給のバランスの結果えられる「価格」という情報を用いた「競争」が行われないどころか、これを禁止したからである。

つまり、国家の当局が、需要と供給を決める。
だから、このときの「価格」には、情報がない。
それで、物資自体が不足する羽目になるのである。

不足とは、ほんらい需要が供給より多いことをいうが、当局が決めるのだから、「不足」しているという状況すら情報にならない。
こうして、消費者はただ列に並ぶ、ということしかできなくなって、全員が平等に貧乏になるのである。

そんなわけで、わが国では、どこに住むか?の選択は自由でも、徴収される税はどこにいこうが同じという「平等」が達成されている。
けれども、住まう地域によって、受けるサービスは同じではない。

地域によって、これまでの「重点」がちがうからである。
しかし、その違いが、事前に公表されることもない。
引っ越して、住んでみないとわからないのである。
これが、国内「移住」でみられる不幸のパターンだ。

アメリカには「善政競争」という概念がある。
とくに、地方税をいかに安くするのか?という「競争」をいう。
建国のきっかけが、本国の英国国王が決めた「紅茶課税」であったから、アメリカ人は税に「敏感」だといわれている。

これは、裏返せば日本人が税に「鈍感」だという意味にもなる。
しかし、このときの「日本人」とはいったい誰か?

明治の第一回帝国議会の招集理由は、「減税」が議題だったのだ。
議会開催がすったもんだして、政治の実権をにぎるものたちが議会設置を嫌がったのは、「減税要求」を嫌がったからである。
つまり、歳入が減ったら予算を減らさないといけなくなることだ。

わが国の地方自治体予算をみると、地方税収入の全部と役人の人件費がほぼ一致するか、人件費のほうが多い。
つまり、とっくに「破たん」している。
にもかかわらず、平気の平左でいられるのは、東京都を除いて、お国からおカネが降ってくるからである。

すなわち、ぜんぜん「自治体」なんてことはない。
それで、「自治」の反対語を辞書でひけば、「官治」とある。
まさに、わが国の自治体は、すべてが「官治体」なのである。
選挙を何回やっても、どうにもならない理由である。

よくぞ、ここまで「無競争の平等」をつくったものだ。

おそらく、近衛内閣を起点にした「流れ」でこうなったのだろう。
令和時代、わたしたちの大テーマは、まちがいなく「減税」である。
どんな政党でもいいから、とにかく「掛け値なし」で、減税を主張するグループが支持されないといけない。

超新星爆発のように、自身の力が内部にむかって「崩壊」し、あげくにコントロールを失うのである。
このとき、外国勢力がやってくれば、あっけなく歴史ある独立国の終焉をむかえることだろう。

外国勢力は、こんなことを狙っているとかんがえておくことも、もはや「妄想」ではなくなってきている。

政府を縮小せよ。

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