民間に「智恵」はめったにない

役所がこまったときにつかう逃げ口上に,「民間の『智恵』の活用」がある.
ふだんは上から目線で,民間をバカにし尽くしているので,これほど歯が浮くはなしもないが,そらみたことかと言われた民間がよろこんだりするから,役人はうしろを向いてベロをだすばかりだ.

この国の民間企業のたいはんは「赤字」である.
だから,きっちり納税している企業の数は,おどろくほどすくない.
もちろんなかには「智恵」をつかって赤字にして,税金をはらわない企業もあるだろうけど,その智恵とは「悪知恵」だから論外である.

お役所のアルバイト仕事に,各種の「現業」がある.
たいがいが,実質子会社の財団や公社などが直接運営するか,その財団などをつうじて指定管理者に孫請けさせている.
おおきな都市になれば,直営の交通局などもある.

バブル前後に流行って設立された,「第三セクター」はみごとに全国で全滅状態で,とうとう一例も「黒字」はなかった.
第三セクターこそ,民間の智恵の活用ではなかったか?
つまり,これでわかるのは,民間に智恵がなかったことである.

しかし,一方で,官営事業の特徴に,「儲けてはいけない」という妙な決まり事がある.「民業圧迫」というまっとうな批判をかわしたいだけなのだろうが,儲けなくてはいけない「民」からすれば,儲けてはいけない「官」は,たんなる「楽勝事業」になって,やっぱり民業圧迫をする.
だから,共同事業者に「官」がくわわると,とたんに儲けることが「罪」になってしまう.

収支トントンをもってよしとする.
赤字なら,血税の投入で,より価値がたかい事業にみえる.
指標が「収支」というフローだけだから,土地や建物といった不動産にくわえ,業務に要する設備などの動産といったストックになる「資産」は,設立時にしかみない.

「官」には減価償却という概念がないから,ときがたてば修繕だけではすまない更新が発生するけれど,その積立というかんがえもない.
なぜなら,それは別会計の予算という,財布がもともとちがうからである.
ところが,いざとなるとその予算が組めない.税収不足と社会保障制度が,自治体にも重くのしかかるからである.結局は,一緒の財布なのだが,そんなことは事業のあいだ気にしない.
こうして,官営事業のほとんどが,最初の投資の償却がおわるころに,だいたい息絶える運命がまっているのである.

では,智恵があるはずの民間はどうか?
わかっているのは一部の企業である.
たとえば,トヨタ自動車.
もはや,わが国をささえる唯一の業種であるなかのトップ企業だ.

トヨタ自動車の影響力は自動車業界だけでなく,わが国製造業に多大な貢献をした.
もっとも有名で重要なのは,故大野耐一副社長による「トヨタ生産方式(脱規模の経営をめざして)」だろう.1978年の初版で,40年たったいまでも新刊書として入手できる名著である.

ホテル勤務時代に手にして,衝撃をうけた一冊である.
あたかもよくあるノウハウ本のようなタイトルだが,とんでもない.
これは、技術の本ではない.中身は深遠なる経営思想と哲学にあふれているから,「人文科学」の本である.
だからこそ,観光立国とおだてられ,人手不足になやむ人的サービス業に,重要な示唆をあたえてくれるだろう.サブタイトル「脱規模の経営をめざして」がそれを物語っている.

ところで,いい旧されてはいるが,トヨタ生産方式といえば「ジャスト・イン・タイム」で,在庫を持たないことが有名であり,各企業がこれを真似ようとして,おおくが挫折を強いられていることでも有名だ.
その理由が,「なぜを5回繰り返す」という思考法の実践における成否なのである.

現場における問題を解決するにあたって,とにかく「なぜを5回繰り返す」.
これを愚直に50年間やってきたら,かってに世界一の自動車会社になっていた.
世界一という結果がすごいのではなく,「なぜを5回繰り返す」ことを全社でつづけたことがすごいのだ.

かんたんに真似ができない理由である.
3回までならなんとかなるが,あと2回がでてこない.
宿泊業の場合,とりあえず3回でもいいから「なぜ」を繰り返すことを指導している.
じっさいにやってみると,はじめはとにかく「苦痛」なのだ.

しかし,これを全社でやって,それを自社の「社内文化」にまで昇華できるかとなると,さらなる苦痛がやってくる.
おおくはその苦痛を経営者があじわうことになるから,つづかない.
こうして,智恵のある企業とない企業が分岐して,残念だが苦痛に耐える企業が圧倒的にすくないから,智恵のある企業がかぎられるのだ.

昨今の不祥事も,智恵を絞り出す苦痛ではなく,相手を罵倒してこころを疵付ける苦痛のほうになってしまった.
それは,安易さというぬるま湯が変容した苦痛だろうから,企業文化の劣化にほかならない.
経営者の劣化を鏡に映したものだろう.

それで,役所がパワハラを禁止する法案をつくるときた.
民間に知恵などないとかんがえている証拠である.
これに財界が反発しないのは,自らの知恵のなさを認めたも同然である.
むしろ,パワハラをするような不逞のやからを自社から排除できるとよろこぶのか?
雇用主としての責任放棄もはなはだしい.

そうかとおもえば,トヨタの社長は自動車保有に関する消費者の税負担が世界標準に照らしても高すぎると政府に文句をいってくれた.
これぞ,民間の智恵というものだ.
トヨタしかないとは,嘆かわしいばかりである.

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