滅亡の所信表明演説なのに

菅新政権の所信表明演説の「肝」は、コロナに立ち向かうやる気のなさをベースにした、亡国の「温暖化ガス2050年ゼロ」である。

やる気のなさは、議場の演壇に立って「演説する」ときもマスクを着用しまま、というお行儀よさに表れている。
少なくても、アメリカ合衆国大統領選挙における両候補と司会者は、討議中にはマスクを外し、ちゃんと顔を見せたのだ。
国民に向かって行う、発足した内閣にとって大事な、「施政方針」をマスク着用のまま行う、というのはコロナとの闘いの気概すらないという「暗黙の表明」であった。
元の生活に戻ることを優先させるトランプ氏の気迫をみた目には、大統領の無策を責める割に、自分の「プラン」は、マスク着用の強制とPCR検査の徹底というバイデン氏のお粗末に、拍子抜けしたのは日本人だっておなじだ。

つまり、管氏の態度はバイデン氏とかわりないのである。
だからか、こんな肝っ玉の小さな人物が掲げたのが、温暖化ガス2050年ゼロという、まったくもってアメリカ民主党のなかの極左と主張が変わらない。
バイデン氏よりも、副大統領候補の、カマラ・ハリス氏とおなじだ。
日本人なら、あの宇宙人、鳩山由紀夫内閣と同等以上の「そっち」への舵を切ったことになる。

トランプ氏と結束しているのは、オーストラリアのモリソン首相である。
このひとは、オーストラリア自由党(Liberal Party of Australia)の党首である。
「リベラル」が、「自由」だとちゃんと党名になっていて、わが国の左翼を指す「リベラル」とは意味が真逆だ。
わが国ではちゃんと、用語として、「社会主義者」と表記すべきである。

さて、モリソン氏は、オーストラリア国会で、温暖化対策に無関心なことを野党から質問されて、以下のようにきっぱりと答えている。
わがオーストラリアが排出している温暖化ガスは、世界の排出量の1%程度である。
もっとも排出している、米中2国で50%を超えるのに、両国ともほとんど対策を立案もしていない。
よって、わが国だけが巨額の対策予算を計上する意味は、効果という意味においてムダである、と。

この論でいけば、残念ながらわが国も、世界の工場の地位を失ったかわりに、温暖化ガス排出量のシェアも落して3%程度なのである。
だから、こんなものに国家予算(=税)をつかう意味はない。
しかも、今回の演説で想定している額は、10兆円にものぼる。
じつは、わが国はすでに温暖化対策費として、200兆円を投じているのだ。

まったく、地球という惑星に対する奢りとしかかんがえられない。
果たして、人類が地球をコントロールできるという、自然への敬意の微塵もない思想なのである。
1個の台風のコントロールすら不可能なのに、なにをかんがえているのか?
ムダな税を投じて、国民を窮乏させ、よって革命に導きたいとする人間の都合を、地球環境という美談で誤魔化しているだけだ。

そんなポンコツな内閣だけど、なぜか「核兵器禁止条約」は、ちゃんと「批准しない」と繰り返し表明して、左翼のひとたちを刺激している。
いったいぜんたい、どういう基準で政権運営するのか?「方針」がさっぱりわからない。

そもそも、核兵器禁止条約のなにが「いけない」のか?
第一に、核保有国がこれに加わらないことである。
第二に、人類は絶対に核兵器の廃絶をしないからである。

つまり、この条約は、「国際法」ではなくて、「文学」なのである。
ジャンルは、ファンタジー小説だ。
ノーベル財団は、国連にノーベル文学賞を差し出すとよい。

なかなか、「絶対」という言葉は使えないものだ。
しかし、人類は絶対に核兵器を廃絶しない。
保有コストから、ロシアのように数を減らすことはある。
でも、ゼロにはしない。だれか独りでも核を持てば、どうなるか?ということである。

70年代だか80年代だったと記憶にあるのは、ひとりのアメリカの大学生が原爆の設計図を独自に書いて、これが大騒ぎになったことだ。
なぜなら、それが「本物」だったからである。
つまり、当時ですら理系大学の一般学生が、授業と図書館にある資料で設計ができてしまうことが証明されたのだ。
ないのは、材料だった。

もちろん、核爆弾の運搬方法がもっとも重要な技術になっている。
当初の飛行機で運ぶ方法から、とっくにロケットエンジンを使うミサイルになった。
いまは、マッハ8という超音速で飛んでくる。
ただし、命中精度はしらない。
目標よりかなりズレても、核なら精度の許容範囲が広くなるので実用にしているのだろう。

ロシアのプーチン氏が、初めて大統領に就任したとき、大変重要な演説をしたのだが、例によってわが国のマスコミはあんまり報道しない。
「外交とは、核保有国が互いに話し合いをすることだ。核をもたない国は核保有国の決定に従うしかないから、これらの国は外交をすることはできない」
核の価値は、抑止力だといわれている。
人口が急激に減少するわが国は、若者の数が減るので通常兵器だけでの防衛は現実的ではない。

ではどうするか?
温暖化が喫緊の脅威ではないことは確かだ。
いったい、わが国はなにをしたいのか?
おそらく、本人もわかってやしないことがわかった。

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