現代の信玄の道

「中部横断自動車道」が、8月29日16時に全線開通した。
せっかくなので、静岡ICから東名高速に乗って、新清水ジャンクションを直進したら、新東名も横切ってさっそく「新道」に進入した。
終点(=起点)は、中央自動車道の双葉ジャンクションである。

このルートの「旧道」は、「駿州往還」といわれた富士川沿いの道である。
いわゆる、「武田信玄の今川攻め」(1568年)は、このコースを辿ったのだった。
JR身延線も、この道をなぞっているのは、その急峻なる山岳地帯の谷間を抜けるしかないからだ。

富士川といえば、本州を弓なりに曲げているフォッサマグナの西の縁にあたる。
つまり、この谷間は地質的にも別格な造山活動の隙間なのである。
それで、古来より海と山とを行き来する「往還」の道だった。
このルートしか、人間の足では通れなかったのだ。

21世紀の人類がかんがえる、「地球のために」という「うわごと」が、じつは「たわごと」なのを実感できる。
それでも、高い橋脚とトンネルの連続で、「難所」を制覇したのは、土木技術の勝利といえるだろう。
どんな橋脚なのかを下から確認する「ツアー」があってもいい。
もちろん、宿泊先は下部温泉だ。

この温泉地域の難点は、食事の貧弱にある。
それがまた、あまりの山間地ゆえのものではあったが、行楽目的にしては地味すぎる。
「身延山久遠寺」という、一種のストイックな祈りの聖地がここに選ばれた理由にちがいない。
湯はいい、でもね、が特徴なのだ。

デトックスやダイエットの「聖地」になれそうなものなのに、誰もやっていない。

下部には射撃場があって、またここが「クレー(素焼きの皿)」のメーカー工場でもある。
久しぶりに訪ねると、会長がひとりで番をしていた。
道路が開通してまっ先に、家族で清水港の寿司屋に行ってきたと話してくれた。
「50分だよ!」という声には、張りがあった。

「旧道」しかなかったつい数日前までと、生活世界が変わったのである。
その意味で、富士川水系は静岡経済圏に編入された、ともいえる。
ちなみに、合流する笛吹川は、秩父を分水嶺として甲府盆地を横断している。
すなわち、山梨県の中央部が静岡県になったも同然なのだ。

武田氏滅亡後の甲斐国は、徳川家直轄になったので、駿府との一体感に不自然はない。
むしろ、自然が別天地として分けていたのだ。
こんどは本州の背骨に当たる「中央構造線」の真上を通る甲州街道の出口になる、八王子に鉄砲隊を配置した家康の用意周到こそは、自然の地形を十分に利用した「智恵」がある。

現代人の「知識」の頭でっかちが、家康の「智恵」にかなわないといえる。

すると、甲府盆地の東側、山中湖周辺を水源とする桂川は、反対の谷間を並行にする道志川とともに相模湖に注ぎ込むから、神奈川県の経済圏にある。
道志村の面積の8割を、横浜市水道局が所有するのは、相模湖が横浜市水道の水瓶にあたる水源地ゆえのことだ。
「道の駅道志」にも、横浜市水道局の自動販売機が設置されているし、道志村村営の「道志の湯」には、横浜市民も村民価格で入浴できる。

落選はしたが、道志村を横浜市に合併すると「公約」した候補が、先日の横浜市長選に立候補していた。
しかし、この話は、とっくに道志村議会と横浜市議会が「決議」していて、当事者ではない山梨県と神奈川県の反対で、現実化されていないだけなのだ。
これをもっても、民主主義が無視されている、といえるのである。

さてそれで、新しい道は高速道路なのではあるが、今回開通した30Km程の道は、なんと「無料」なのである。
なので、静岡IC(正確には新清水ジャンクション)から富沢ICまでが有料で、それから先の六郷ICまでが無料となり、ここから先の双葉ジャンクションまでが再び有料となる。
これは、国土交通省直轄の「国道」ということになっているからである。

つまり、なんだか「お得」で、そのトンネル工事の大変さを考えれば、むしろ「無料は悪」にも思える。
家族で寿司をつまみに清水に行くのが、なんだか羨ましくもあるのはこのことだ。
ついでにいえば、中央道の大月と新東名の御殿場も直結したから、富士山を中心に「口」の字型が完成した。
すると、大月を起点に、神奈川県と静岡県の経済ベクトルができたことにもなる。

神奈川県央の東名厚木から、圏央道の八王子ジャンクションでまた中央道と連結するので、「日」が横になった状態でもある。

滅多にいけなかった土地が、グッと近くなったのは、素直に有難いことである。

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