現代の静かな「労働争議」

東京駅の自販機に「売切」ランプが続出している.その理由は,「労働争議」だ,という記事がある.
ツイッターでも,たくさんのリツイートがある(数日前で述べ800万人がみているという)から,そちらからご存じのかたもおおかろう.

いまどきの「労働争議」は,静かである.
むかしのは,「派手」だった.
しかし,上述のようにむかしにはなかったバーチャルな手段で,むかしとはちがう影響力を発揮している.
これを,会社側はどうみているのだろうか?と興味がわくが,あんがい「むかしながら」な反応らしい.

朝倉克己「近江絹糸『人権争議』はなぜ起きたか」(サンライズ出版,2012)という,当事者(新組合の組合長:当時)が書いた本をながめて,その会社側の対応ぶりを,冒頭の事例とくらべると,「進化」というイメージとはほどとおく,むしろ「退化」すらかんじてしまう.

ちなみに,近江絹糸の労働争議は,当時の「財界」も「恥じ」て,財界としても会社経営陣への圧力をかけたという事情まであるのだ.
三島由紀夫が,小説「絹と明察」に仕上げた,じつにおおきな「社会的事件」だった.

東京駅での労働争議は,ネット社会でのおおきな反応とはべつに,実社会での反応はおおきいといえるのだろうか?
記事は,実社会のひとたち向けだろうから,これから,というところなのだろう.
だが,伝える記事の内容は,おだやかではない会社側のかずかずの妨害行為である.

気になったのは,残業代の代わりなのか?面談を実施して根拠不明の金額が提示され,同意書をとるというが,「社長からの厚意」という説明もつくという点だ.
そもそも,会社から支給されるべきもので残業代などをふくむ「給与」は,「社長の厚意」で支払われるものではない.

この会社は,大手飲料メーカーの子会社とのことだから,きっと,「社長」は親会社からの出向者かなにかなのだろう.まず,「オーナー」ではなかろうから,サラリーマン社長であると想像できる.
すると,このひとは,親会社にもどると,またサラリーマンになるはずだ.しかし,そのまえに,これまでのサラリーマン人生で,給与は社長からもらっていると信じていたということになる.また,この会社の社長をとりまく幹部も,きっとそれをうたがわないひとたちなのだろう.

まったくのナンセンス集団が,経営幹部として存在していたものだ.
かれらは,近代資本主義社会に存在してはならない「中世封建社会」から,時空をこえて,まちがって今にやってきたひとたちである.
それは,「所有」と「占有」の区別ができない,ということで証明できる.

近代資本主義社会の根本をなす絶体のルールが,「所有権」は不可侵である,ということだ.
かんたんにいえば,自分のものと他人のものとの「区別ができる」ことである.
ここで,「占有」とは,他人のものをあたかも自分のもののように使っている状態をいう.しかし,いかに「占有」していても,それが「他人のもの」であることが変更される,つまり,自分のものになってしまう,ということはない.

ところが,中世封建社会では,この区別が曖昧なのだ.
武士に「本領安堵」のお墨付きをあたえるのが,武士政権たる「幕府」の存在意義である.
鎌倉幕府は,「貞永(御成敗)式目」において,所有権があるはずの土地を他人に二十年間以上占有されたら,所有権が移転する,ときめた.このルールは,いまだわが国の民法にて健在なのだ.
だから、わが国は,はたして近代資本主義社会なのかという疑問をはさむ余地がある.

しかし,たとえば「鑑定団」で,ただでもらったものに高額評価が出て,それを持主が売却し現金を得たところで,だれからも文句をいわれない.(税務は別だ)
これが,近世といわれる江戸時代でも,「殿から拝領した壺」を子孫が勝手に売却していたのがバレたら,もしかしたらおとがめになって,最悪,家が断絶させられるかもしれない.

もし,レンタカーを借りて,それがずっと借りっぱなしになっても,「借りている」のであって,「自分のもの」になったわけではない.
むかし,レンタルビデオを借りたものの,返却するのをすっかりわすれ,数十万円の請求を泣く泣く支払ったという事例がけっこうあった.

さて,本件にもどると,会社はだれのものか?という根幹に触れるのが,給与を「社長の厚意」とする発想にある.これでは,殿と家臣の関係になる.
近代資本主義社会での会社は,株主のもの(所有)である.
経営者は,株主から,経営という業務を託されているにすぎない.

だから,社長には会社の全資産を配分する権限があるようにみえるが,そうではない.社長は,会社を「占有」しているにすぎないから,もしおおきな資産配分の事案があれば,それは株主総会にはからなければならない.

労働者は,労働という商品を会社に売っていて,会社は,自社と雇用契約がある労働者から,労働という商品を買っている.このとき,「未払い」があるとしたら,それは会社の負債になる.
もちろん,労働という商品は,時間と質からできているから,あらかじめその料金はきまっている.

だから,労働者が「先に納品」してしまっも,成果とともに月末に給与が支払われるのはあっていい.つまり,前払いでなくてもよいのだ.
この論でいけば,「残業代」も,「先に納品」した,労働という商品になる.
だから,会社には支払義務が生じるのである.

もし,会社が残業代を支払いたくない,とするなら,「残業を発生させない」という指示をしなければならず,もちろん,それが合理的な指示であることが条件になる.つまり,働きかたと働かせ方の合理的な方法の提示である.
この事例の会社は,労働者の要求をみとめた労基署と,「見解がちがう」そうだから,まずは,業務上残業を合理的になくす方法を提示しなければならない.

戦後の(日本が途上国だった)高度成長期に「労働争議」となった経営者とおなじ発想で,今日もかくなる恥知らずな会社=経営者が存在することが,珍しいではすまされない「闇」である.
それにしても,「働きかた改革」が社会の話題になっているのに,「財界」の反応がみえてこない.
せめて,近江絹糸のときのようなリーダーシップを,財界もとるべきではないか.

一方で,こないだJR発足以来の「労使協調」がこわれた,JR東日本労組は,本件にどのような対応をしているのだろうか?
残念ながら,「記事」からはみえてこない.
鉄道の駅,というだけでなく,起きている現場が「東京駅」という「顔」なのだから,巨大労組が支援しないのか?という疑問である.

財界も,労働界も,この問題をどうするのか?
他人事でとおる話ではないはずだ.
また,労基署と「見解がちがう」で世の中とおるものなのか?もし,それが「とおる」なら,わが国は本格的に,「あたらしい中世」という時代区分で,世界経済から異質の存在になるだろう.

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