生けにえになった「7pay」

前に、この国では「電子マネーが普及しない」理由を書いた。
それでも、国が命令すればなんでもできると勘違いしている(社会主義的)役人と、役人の本質である、表面上をつくろえば本質はどうでもいいという特性があわさって、「7pay」が生けにえになっている。

経産省という役所の、底抜けの浅はかさが、また露呈した。
こないだは、「コンビニに命令したがる経産省」を書いたばかりだし、太陽光発電でも大滑りした。

さて、コンビニ業界のリーディングカンパニーが、大キャンペーンのすえにはじめてみたら、いきなり「不正利用」という洗礼をうけた。

セキュリティに関しての「甘さ」が指摘され、「基準」を守っていないことを原因にして、こんどは「守れ」という命令の通達をだすという。
のんきな役所というか、事後処理に一生懸命なのは自動車会社の「検査不正」とおなじである。ただし、こちらの主人公は国土交通省だった。

犬は犬であるのとおなじで、「役人」は、省庁を超えても「役人」なのである。
つまり、対面さえ維持できればよく、それは「無謬性(むびゅうせい):けっして間違えない」という神話を信じる宗教団体のごとくである。

じぶんたちを「神話」の対象にしてしまったから、この国の基準点にあるはずの「天皇」をないがしろにして、ぜんぜんこころがいたまないのは、きれいさっぱり宗旨変えに成功したからである。

いわゆる「天皇の人間宣言」は、GHQによる究極の天皇の政治利用であったが、これを利用した高級文官たちが、立場をすり替えてしまったのである。

日本の近代化における思想的支柱が、なぜ「天皇」だったのか?
そして、このことがわが国と国民をして近代資本主義に邁進できたことの、巧妙に仕組まれた文化的な基盤であったのだ。

「対談」という形式における、わが国出版界の最高峰は、『日本教の社会学』だと言い切れるのは、上述した「仕込み」の解析が丁寧かつ奥深くおこなわれていて、この本以外でこの本を超えるものをみないからである。
山本七平と小室直樹の最高傑作といわれるゆえんである。

いかにして日本を衰退させるか?
この当初の占領における基本政策をもって「天皇の人間宣言」という、おそるべき「文化の破壊行為」を実行したことは、いかに敗戦国であれ当時もいまも、国際法的に許させるものではない。

しかし「現人神」という「虚構の設定」こそが、資本主義導入の「決め手」であったし、天皇以外の国民はすべからく「平等」という位置づけにすることでの「自由」(たとえ出身身分によっても他人から命令されないという意味)がはじめて確保できる。

これが、身分制が千年以上もあったこの国における近代化でのスローガン「四民平等」が、ほんとうに達成できた「仕掛け」であり、わが国が資本主義をアジアで唯一採用し成功した理由だったのだ。

つまり、マックス・ウェーバーの「プロ倫」が解明したという、資本主義発生のメカニズムにおける、プロテスタントの役割を、天皇を中心とした「日本教」に置き換えたのが、明治政府、なかでも伊藤博文の慧眼であった。

すると、敵とはいえ鋭い日本研究をしていたのはアメリカという国になる。
日本が有色人種として唯一、欧米白人群と肩を並べるまでの発展をとげた理由の解明、すなわち「日本教」の存在に気がついた。

よって、これを破壊すべくした「天皇の人間宣言」こそ、日本という国(自由と平等を基礎におく資本主義)への死刑執行だったといえる。

こうして、この国は、役人支配というゾンビの国となって戦後の発展をとげてしまった。
しかし、その発展も、じつは敗戦による官僚機構の再建に要した「空白の時間」を利用した民間の力だった。これが、高度成長の正体である。

田中角栄内閣をして完成した官僚機構が、政治家にかわって国家を簒奪(民間に命令をはじめる)すると、みるみるうちに経済が不調になった。
バブル以降は長い時間をかけて、日本のソ連型社会主義化ができてきたのだ。

この流れのうちに、電子マネーの普及もある。
わが国の金融制度(銀行が信用創造しない)と紙幣の完璧な管理をもってすれば、ヨーロッパ(銀行が個人の信用創造をふつうにやっている)と、中国(紙幣の汚染と偽札疑惑)で普及した電子マネーを必要とはしていない。

ならば、ヨーロッパ型の信用創造を日本の金融機関にやらせるのか?といえば、金融庁の金融業界支配をやめたくないし、そんな能力がある銀行マンが日本の金融機関のどこにもいないのでできない。

日銀が従来の完璧な紙幣管理をやめて、粗雑な紙幣に変更し、手で触りたくないおカネが、もしや偽札かもしれないという中国型になれば、国民は電子マネー利用に殺到するだろう。
にもかかわらず、技術の粋をあつめた新札を発行するというのだから、いったい何をしたいのか?

7payのキャンペーンで、いろんな「特典プレゼント」を用意していたのは、なにが便利かわからないひとたちに訴求するためで、「働き方」で疲弊しているオーナー店長たちは「おもわず笑った」という不謹慎な記事がでるほど現場は荒んでいる。

それもこれも、ぜったいに責任をとらない役人が、経営権に口出しするからである。

株主よりもえらいのが役人とは、もはや資本主義ではない。
またまた専門家という御用商人たちをつかって、あれこれと命令することが確定した。
電子マネーが、経産省の利権になった、ということである。

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