田舎のグルメ

こんな田舎にはなにもない。
地元のひとが口にする、全国共通の自虐用語だ。
田舎だから自然が豊富にある。
地元の観光協会をふくめた公務員系が口にする、全国共通の過大評価だ。

「自然」という概念が、唱歌「ふるさと」と関連付けられて教育された人為的・人工的ないいまわしで、都会への憧れを否定する用語にもなっている。
「自然」は、守備範囲がひろいことばである。

全国に広がる空き家で、とうとう100円均一という販売手法がでてきた。
べつに田舎にいかなくても、都会にも「自然」によって崩壊が懸念される空き家がある。

横浜市神奈川区という神奈川県の名前の由来にもなっている行政区で、JR東海道線にもちかい場所の所有者不明の空き家が、危険度という物差しで行政による取り壊しがおこなわれた第1号になった。
ひとが住まなくなると、家は急速に「自然崩壊」へとむかう。まさに「自然の驚異」がある。

前にも書いたが、よく手入れされた田畑をみると「ゆたかな自然がある」といい、数百年もひとが耕した「棚田」をみると感涙するが、耕作放棄された荒れ放題の元田畑にはなにも感じない。
むしろ、すさんだ自然がただの荒れ地にみえるからだが、どうして耕作放棄になったかをかんがえると、感涙すべきはこちらのほうだ。

都会と田舎のつき合い方が、どうも浅くて哲学ができていない。
経済成長とスーツで仕事をする都会が有利なのは、たんに「稼げる」からであるから、田舎の稼ぎ方に重要なポイントがある。

世界経済の構造変化にもかかわらず、いまだに田舎の役所が「工業団地」を誘致しようとするのは、ないものねだり以外の何ものでもないが、田舎の稼ぎ方をじぶんで稼いだことがない役人に期待すると、過去に他の自治体がやった成功体験である「工業団地」しかでてこないのは、有職故実だからである。

しかし、とはいっても田舎で安定した月給取りという現金収入が保証されているのが公務員と農協職員ぐらいのものだから、親にもっとも人気があるのはこの職種になる。
子どもを都会の大学にいかせる理由でもある。

広い庭に2台以上の自家用車が置けるようになっているのは、こうした職種の家庭なので、カーポートをみればどんな暮らしかがわかる。
だから、ちいさなカーポートしかない家をみると、どんな暮らしなのかがとたんに不明になる。

「名物にうまいものなし」という名言は、「伊勢うどん」が発祥ではないかとの説がある。
伊勢神宮の門前町には、かつておおくの参拝客であふれ、食事の提供がまにあわない。

それで、つゆなしの「タレ」をすっかりのびた腰なしのうどんにかけて出したのが、いつの間にか伊勢名物になったという。
大量にゆでたうどんがのびただけだったろうが、こんどはふにゃふにゃにしたうどんでないと伊勢うどんにはならなくなった。

関西人でなくても、一口食せばおのずと目を張る「まずさ」で、それを臆面もなく「名物」とするところにずる賢さと生活力の強さを感じる。
いわゆる「うどん」としては失敗作なのだが、失敗作を作りつづけることは、それはそれで「技術」になる。

寒天の世界シェア7割をこえる長野県の超優良会社「伊那食品」は、寒天の質的特性の研究でも世界トップランナーで、固まらない寒天を開発した。寒天は固まってこそだという常識がやぶられたのだが、本来からすれば失敗作である。
これが、「10秒チャージ」のアレの原料になっている。

大量に安定して「失敗作を作る」のは、やはり「技術」なのだと元社長の塚越会長が書いている。
製品裏面の表示をみても、寒天とはあるが伊那食品とはない。
おなじく、女性の口紅の色素を寒天分子で包んだ傑作化粧品にも伊那食品の表示はない。

鳥取県人は島根県とどちらが東西にあったかをまちがえられると立腹するのが常であるけど、ひとりあたりカレー消費では日本一という快挙をなしている。

日本人の国民食を代表するカレーを、日本で一番食べているのが鳥取県人だという発見は、なぜかにたどりついていないミステリーである。
ご存じの方にはぜひともご教示いただきたい。

そんなわけで、鳥取でカレーを食べた。
見た目になんの変哲もない色合いのむしろやや黄色がつよい、いつものカレーが特産のらっきょうと一緒にでてきた。
しかしながら、一口食せば「辛い」のである。

えぇって!いう辛さであるが、ただ辛いのではない。
じつに「スパイシー」な辛さで、そのスパイシー感がインドカレー専門店のものともちがう。
うまい。

またかともおもいながら、別の食堂でもカレーを食べた。
やっぱり「辛い」。
こんなカレーを食べたかった、という味である。
しかし、これを子どもに出したら都会ならクレームになるかもしれない。

とまれ、鳥取県人の味覚に万歳。

きっとこのカレーは全国区になれる。
あとは経営力であろう。
失敗のもとは行政が出てくることである。
だから、行政がなにもしない、ことを期待したい。

田舎のグルメは、地元特産品とはちがうものでも成りたつのである。

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