空中浮遊する「べき論」

日本企業の「真面目さ」とか「一途さ」が変容したのは、やっぱり「バブル期」だったかとおもえる。
すると、もう一世代分の30年も経ってしまった。

「失われた何年」という、不思議な言葉をつかうけど、これは勘違いや責任逃れをあらわす。
自然災害のように、受動的に聞こえるからである。
人間社会のことだから、ほんとうは能動的に「失った」のである。

さいしょに「失った」のは、「目標」だったとおもう。
この時期、わたしは、ホテルの全社予算編成を担当していた社内官僚だった。
バブル期の問題は、「はじまり」からはじまっていた。
つまり、売上予算が努力なく「達成」されてしまうのである。

営業部門の各部長たちは、誰もが「慎重さ」を崩さなかったのは、「未達」のときの「責任論」を嫌ったからである。
当時の仕組みは、「評価」に問題があったのは承知していたから、社内予算制度そのものの再編もやっていた。

トップ・マネジメントは、「ビジネスは成果だけで評価するものだ」と公言していたが、予算担当者のわたしからすれば「ビジネスはプロセスが重要で、成果はその結果でしかない」とかんがえていた。

どちらがただしいという議論はさておいても、「評価」が「結果だけ」なら簡単だが、「チャレンジ」の精神が弱くなる。
けれども、プロセスを評価することはたいへん難しく、接客現場の「判断」をいちいち記録することはできない。

そこで「業務のフローチャート」をつくってみた。
サービス設計上、どこが「管理ポイント」で、どんな「判断」をすればよいのかが、現場のひとたちと確認できる。
もちろん、「管理ポイント」とは「品質基準」になるから、サービス品質の標準化もできる。

しかしながら、このやり方は継続しなかった。
「組織の意志」として、経営層に「続行」をみとめてもらうことがなかったのである。

こんな手間をかけなくても、現場はむかしからやっている。
現場を信じられないのか、と。

とはいえ、これは、「バブルの反省」からかんがえだしものだった。
上述の「はじまり」から、頂点に達しのは平成2年(1990年)のことである。
この年の売上予算は、たった8日間で崩壊した。

できたばかりの「予算」が、どうかんがえても「かんたんに達成してしまう」ばかりか、大幅に「上回る」ことが確実となったのだ。
かってに予約申込みがどんどん入る。
経営トップから、作り直しを指示されたが、営業部門の部長たちは動かなかった。

これは、「恐ろしい」経験で、従来の積み上げ式の限界があらわになったのだ。
もちろん、めちゃくちゃ「良い数字」なのだから、あんがい上司たちは楽観していた。

しかし、これが「下振れ」したら、想像もできない「落下」がやってくることを「予算化できない」という意味でもあった。

そして、たった二年後、平成4年にそれが「起きた」。
新聞・マスコミでは「ジェットコースター」という表現がつかわれたが、実務の現場では、それどころか「エレベーターが落ちる」感覚だった。

わたしは、エジプトのカイロのホテルで、じっさいに落ちるエレベーターに乗っていたことがある。
このホテルは世界的に有名な五つ星であった。

それゆえか、数台横並びならまとめて「エレベーター・コア」をつくるのがふつうだが、この建物は、一台分ずつの「穴」だったから、空気抵抗でフラフラと落下しながら、最後に地上の安全装置であるスプリングにあたる。からだが足元からてっぺんまで「ツン」とくるのだ。

バブル崩壊の衝撃は、「ツン」どころではなかった。
予想どおり、どこまで落ちるのか、見当もつかなくなったのだ。
ホテルは景気の遅行指標になるというけど、それは上昇するときのことで、下降するときは先行指標になる。

景気がいいからといって、それを見極めるまで贅沢な食事の予約は入らないのに、わるくなると、とたんにキャンセルされるからである。

そんなわけで、やるべきこと、が放置されて、30年。
業界をこえて、いまはどちらさまも、やるべきこと、すらわからなくなっている。

地に足がついた施策が浮遊して、浮き足立っているできもしないことが地に足がついた施策だと勘違いして、業績は悪化するしかない。
これを言い訳するための「理論」が、世の中に蔓延しているから、ミドルからトップまで、マネジメント層の責任回避が容易になっている。

なんのことはない、ミドルからトップまでの経営者が経営しているふりをして、じっさいは運営しかしていない。
その運営もできなくなって、ハラスメントが日常化し、これを押さえつけるための「組織」をつくれば、解決しなくても責任はその部署だ。

かくも「お気軽」では、中学校の生徒会も仕切れない。

「バブル崩壊」とは、「精神の崩壊」でもあったのだ。
しかし、それはずいぶん前から準備されていた。
日本人の精神のよりどころの根本は、なんだったのか?
「心」と「宗教」の関係がうすい国だから、「べき論」が空中浮遊するのである。

こたえはわかっている。
それは、キリスト教圏から真似た、明治の大発明、「日本教=天皇崇拝」だったのだ。

今日、「建国記念の日」が風化するのも、「神話」をおしえないことだけが問題ではない。
「日本教」を棄てたので、神話をおしえる必要性がなくなったのである。

もはや、この日本教という宗教の復活は望めないから、いったいなにが取って代わるものなのか?

日本人は、日本人として共通の、近代をつくってきた普遍的な価値観を失ったのである。
それで、資本主義の本質も理解できなくなった。
「お天道様がみているよ」とは、「神の見えざる手」を意味した。
この「お天道様」が、「現人神」として機能したのだった。

それが、ほんとうの「人間」たち、「官僚」に取って代わられた。
いくべきが、社会主義になった理由である。

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