紙の辞典

わざわざ「紙の」といわなければならなくなった。
「電子辞書」か「紙」なのか?
論争はつづいている。

電子辞書派はもちろん、一台に数十、ときに百をこえる辞書コンテンツが収録されていることを「便利」だとしている。
もはや「紙」ならとうてい持ち運べない量の出版物に相当するし、「検索方法」も進化している。そして、なによりも、写真や音声も収めているからこれぞ「マルチメディア」なのである。

「紙派」は、この点において分がわるいのは承知している。
それに、「電子辞書」だってなにも「単独機器」である必要もなく、スマホの検索ですましているいるひとだっておおいはずだ。

つまるところ、昨今は、あらゆる「検索」が、スマホ中心の時代になっている。

それでも、「電子辞書」批判派の指摘に、「ページ」をながめることができない、というものがある。

「検索」には二種類あって、「アクティブ」と「パッシブ」がある。
「アクティブ」は、じぶんから獲りに行くイメージだから、まさに、電子機器による「検索」はこれにあたる。
「パッシブ」は、じぶんはじっとしているけど相手からしらせてくれるイメージだ。

まちを歩いていて店舗やカンバンを見ることで得られる情報もこれにあたる。
書店でばったり人生をかえるような本にであうのも、アクティブな検索ではえられない情報なのだ。

「ページ」をながめる、とは、自分がしらべたい物事とは関係のない情報がでているけれど、ちらりと見て「気づく」ことがある重要さを指摘している。

電子辞書は、ずばりその検索結果にフォーカスするから、周辺の情報が得にくいというのはたしかである。
ピントがあいすぎてしまうから、カメラまかせの素人写真のようになって味わいがない、とでもいうか。

しかし、情報をもとめる人間のがわの事情は、ときと場合によっておおいに変化する。

ピンポイントでもいいから、はやくしりたい。
しかも、複数の辞書を串刺しできる複合検索の便利さは、紙の辞書なら冊数分の倍数以上な手間をかんがえると、その便利さは文明の利器としての価値になる。

ところが、なんだか余裕があって、教養として辞書を読んでみたい、などということをおもいつくと、電子辞書では物足りないのである。
活字の海に点在する見出しの妙。
また、その解説をあじわう。

その題材として、「新解さん」がある。

  

もちろん「新解さん」とは、

 

のことである。

かくも「イジられる」辞書があるものか?
けれども、御大ふたりの「イジり方」の妙は、そもそも『新明解国語辞典』が、イジられるべき内容になっているからである。
つまりは「発見の妙」。

版をかさねても、この「発見」があるのだから、「新解さん」は革新的というより「確信的」な執筆・編集がされているのはまちがいない。

帯には「日本で一番売れている国語辞典」とはあるけれど、けっして子ども向け「学習辞典」ではない。
洒脱なおとな向けの辞書なのだ。
しかし、そんな「新解さん」にも電子版がある。

上に紹介した「新解さん」たちと、ぜひとも出版社の垣根を越えて、複合検索ができるようにしてほしい。
三省堂、文藝春秋、角川書店のコラボとなるか?
出版不況を蹴飛ばす気概でやってもらいたい。

ところで、わたしがカバンにしのばせているのは、学研の『ことば選び実用辞典』である。

PCをもたずに外出したとき、ふと浮かんだことばを調べようとしたときに、スマホをつかうと「メモ」が同時にできないし、WiFiルーターも手許にないと、気になるのがパケット通信料になるのだ。
ケチくさいが、しかたがない。

この辞書はコンパクトサイズ(重量も)にして、まさに「実用」にみあう内容になっている。
意味と用例、それに「そのほかの表現」や「⇒この項目も」という参照が「実用」なのである。

ところが、「売れている」という理由からか、この辞書はシリーズ化されて、とてつもない数の「姉妹版」がでている。

        

さらにおなじ内容で「大きな活字」という、老眼組には魅力的なシリーズもある。
たくさんあると選べない、という法則がはたらくか、えいっとおとな買いするか?

ぜんぶ揃えると、とてもじゃないが持ち歩けない。
ならばと串刺しできる複合検索のために電子化したら、なんのためかがわからなくなる。

書店にいって手にしてみるのがいちばんよい。
ピンとくるやつはどれなのか?
さてさて、その「書店」が消滅しているから困ったものだ。
電車に乗っていかないといけなくなった。

これを退化というのか?

味のある旅館で、地元のローカルテレビを観るのか、いつもの全国放送を観るのかはひとそれぞれだが、せっかくやってきたのなら、むかしなら一句ひねりたいところだ。
あるいは、知人宛でなくても自分宛にはがきの一枚書いてみる、というのも「粋」ではないか?

そんなとき、気の利いた辞書があると、気の利いた旅館だとおもうものである。
そんな旅館は、いまいずこ?

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