誰と戦争をしたのかを間違えて79年

開戦から79年。

我々は、誰と戦争をしたのか?
ふつうの答は、「主にアメリカ合衆国」となる。
気の利いたひとは、「連合国」というだろう。
どちらも、正解である。

しかし、政権によってぜんぜんちがう政策が実施される、ということをかんがえると、「主にアメリカ合衆国」が相手なら、その本当のところとは、当時の「政権」をいいあてないといけない。
すると、「民主党ルーズベルト政権」なのである。

アメリカ合衆国大統領には、過去ふたりのルーズベルトがいた。
ひとりは、第26代セオドア・ルーズベルトで、このひとは共和党。
「テディベア」のモデルでもある。

そして、もうひとりが第32代フランクリン・ルーズヴェルト(在任は、1933年3月4日~1945年4月12日:在任中死去 ⇒ ハリー・トルーマン、残存任期と再選で1953年1月20日)。

じつは、セオドアとは血縁になる。
血はつながっていても、思想は別で、大恐慌後の経済無策と評された共和党フーバーの後を襲って就任し、「ニューディール政策」という「国営企業」による投資を活発化させた。
ヒトラーが採用してドイツを再生させたケインズの政策で、政府が有効需要をつくりだすという一種の社会主義政策を推進した。

ケインズの理論が、「ケインズ革命」ともいわれたのは、マルクスの革命よりも確実にひとびとを豊かにしたからである。
しかし、政府があたかも万能で、無限の財政出動という打ち出の小槌を振れば、たえず需給ギャップが埋まって景気はよくなる、とはいかなかった。

それが、70年代から80年代に英米を悩ませた、スタグフレーションである。

ケインズの天敵は、ハイエクであった。
ハイエクの、「新自由主義」を全面に掲げたのが、サッチャリズムであり、レーガノミックスだった。

よって、両国経済が回復したら、こんどは、「ケインズは死んだ」といわれるようになり、『誰がケインズを殺したか』がベストセラーにもなった。
しかし、ケインズ自身がとっくに、「ケインズ理論が有効なのは、不景気のときだけ」といっていた。

そうはいっても、いったん味をしめた政府というものは、成功した政策を「いつまでも続ける」という行動原理がはたらくし、法学部出の役人は、まともにケインズの発言を気にとめたりはしない。
それで、「好景気」でも有効なケインズ政策を、ケインズではないひとたちがつくりだして、これを政府に売り込むことをした。

こうした集団を、「ケインズ学派」という。

そんなわけで、ケインズの主張とケインズ学派は分離した。マルクスのいう、ケインズ本人は「疎外」されたわけである。
それでもって、わが国政府は、もはや世界の常識であるハイエクの「新自由主義」をまともに扱わず、ヘンテコな理屈の「グローバリズム」を「新自由主義」だと言い換えるウソで塗り固めて国民を欺しつづけている。

だから、一向に、デフレから脱却できない世界で唯一の国になっている。

これには、「内外価格差」という「利権」がつくりだしだ、「みえないダムの沼」があるからでもある。
この沼に民間も広く汚染され、言論界でも、「保守」が、沼から湧き上がる毒ガスで窒息死したのである。

たとえば、いま左翼の牙城になっている、「東京新聞」だって以下のような貴重な書籍を出版していた。

さなざまな分野に、利権を構築するのは、じつはアメリカ民主党の手法なのだ。

上述したように、フランクリン・ルーズヴェルト政権から、副大統領だったトルーマンが引き継いだ民主党政権は、20年間もアメリカを支配したけど、この期間は、戦争前から戦後の冷戦スタートまで、という20世紀の重大時期を一貫しているのである。

徹底的にわが国を追いつめたのは誰か?

「陰謀論」として、まったく専門家や学者に相手にされなかったことが、このブログでも何回か紹介してきた二冊の書籍で粉砕された。

  

残念ながら、わが国の「保守党」だった、自由民主党が、アメリカ民主党に呑み込まれた。
要は、元来からの「日本の敵」に丸め込まれたのである。
だから、「バイデン政権」を歓迎するのだ。

すなわち、利権の「沼」にずっと棲みつづけていたいから、沼の水抜き掃除をするトランプ政権が煙たくて仕方ないのである。
もっといえば、邪魔なのだ。
ここに国民を幸せにするという高邁な思想は、微塵もない。

では、そのアメリカ民主党とは何者たちか?
建国までさかのぼれば、キーワードは「移民」である。
敬虔なクリスチャン(共和党)と、英国やアイルランド、それにヨーロッパ大陸で食えなくなったひとたち(民主党)と、二つに分けられる。

この構造が、「西部劇」にもなっている。

真面目なひとたち(クリスチャン)が、無法者たち(ときに保安官も仲間である)にいじめられて、理不尽で悲惨なことになっている「街」や「牧場」に、これを退治する正義の味方がやってきて、見事にやっつける。
入り込んだ話だと、巡回判事が正義の武力を「合法」として、ヒーローはおとがめなく街を去るのだ。

まったくもって、いま、現実の西部劇がアメリカで起きている。
かつての日本人は、これ全部を、「野蛮」だとおもって観ていた。

しかし、日本的価値観の絶対が、アメリカ民主党=GHQによって破壊されたから、効果がでるまでの時をおいて、『必殺シリーズ』や『木枯し紋次郎』といったヒーローが登場し、西部劇とおなじ構造が人気を得たのだ。

いつの間にか日本人も、野蛮化された。

この「効果がでるまでの時間」とは、日本的価値観の絶対を持った真面目なひとたち(日本教信徒)の世代が死去し尽くすまでのことをいう。
これを、「明治は遠くになりにけり」と表現したのだ。
あたかも明治への郷愁を借りた、じつは明治忘却の成功をよろこぶ、アメリカ民主党的欺瞞である。

もう二度と、明治人のような気骨ある国民集団としての日本人は出てこない。

敵が誰だかわからない。
ならば、勝利もなにもあったものか。

こうして、世界最古の独立国が滅亡して、人類の教訓として「だけ」の価値を提供することになるやもしれぬ。

来年は、誰と戦争をしたのかを間違えて80年だ。
なんだか、むかし耳についた、あの牛丼屋のテーマソングが聞こえてくるのである。
「牛丼一筋、80~ねん♪」

「文明開化の味」は、とっくにコモディティ化している。

明治は遠くなりにけりなのである。

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