論理の訓練

日本人は論理的思考よりも情緒的思考をするといわれる.どちらの思考もメリット・デメリットがあるから,いちがいに批判はできないとおもうが,ことビジネスにおいては主軸に論理的思考を優先させて,補助的に情緒的思考を使いたい.

「言えない」風土

おおくは経営者のキャラクターによるが,業績がおもわしくない企業・組織の特徴に,「言えない」風土がある.「言論統制」というと恐怖政治を連想させるとおり,隠れパワハラ状態ともいえるし,慢性パワハラなのかもしれない.そして,こうした組織では,そんな状態をトップが認識していないのも特徴だ.では,トップはどう思っているのかというと,「うちの従業員はおとなしい」とか,「うちの従業員は意見も言えない無能ばかり」とかであろう.当然であるが,この裏返しとして,従業員側は,「うちの社長ははなしを聞いてくれない」と訴えてくるし,「言ってもムダ」となって,そのうち「わたしには関係ない」となるのが定道である.

ビジネス上の情報を知っている従業員が,「わたしには関係ない」となると,ことは深刻である.人的サービス業のばあい,直接お客様と接するのは,パートさんやアルバイトさんであることも多い.したがって,雇用形態における責任の範囲の軽重から,「わたしはパートですから」と謙遜しながら,「わたしには関係ない」を貫く事例が多々ある.

では,パートさんやアルバイトさんが主に接客をしている企業はみなこのような状態か?といえば,そんなことはない.むしろ,積極的に事業参加をうながしている優良企業も存在する.

ということは,やはり「経営」のちがい,に問題が集約されるのだ.

自信過剰か自信がないのだが

決定的に欠けていると思われるのが,「論理的思考」なのである.

自社の主たる事業が人的サービス業であれば,従業員が業務上で得る情報は,たいへん貴重な資源である.経営資源は,「ヒト,モノ,カネ」というが,「情報」をくわえなくて現代の事業は成り立たない.だから,従業員からの気づきの情報は,業務改善ばかりか新商品開発にいたるまで重要なのは誰にもわかるし,クレーム情報であれば緊急を要するだろう.

すると,これに気づかぬ経営者とは何ものなのか?ということになる.じつは,「情報」という「字」にヒントがある.「情」に「報いる」と書くのだ.インフォメーションを情報と訳した先人の知恵の偉大さにおどろくばかりだ.ひとの感情にちゃんと報いることをしないと,相手にされなくなるのだ.つまり,「情緒的思考」がここにある.これは,「人間力」のことだ.企業組織をうごかすモノは,人間である.経営者も人間,従業員も人間,お客様も人間なのだ.

さて,以上を通読してお気づきだろう.上述のはなしは,論理で貫いている.だから,問題ある経営者とは,自己を第三者的な論理で見ることができないひとなのだ.

ロジカル・シンキングの訓練

本来は従業員と共通の場で議論するものである.しかし,「論理的思考」ができない・苦手な経営者には,あらかじめ予習的な訓練が必要である.その訓練を経て,従業員との共通の場をつくるという手順だ.

一方,従業員たちには「訓練」を強調しておく必要がある.「訓練」だから「本番ではない」という前提がないと,自由に語ることはない.議事進行役を変更しながら回を重ねると,だんだんと調子がでてくる.その場にいる経営者にも,「訓練」だからなにを発言してもいい,と最初にルールを語ってもらうとよい.

だいたいの目安だが,半年くらいでずいぶんと変わってくる.一年もすると,まるでちがう「風土」になっているはずである.そして,氷解の具合に比例して,業績が改善することも実感するだろう.

「訓練」は未来に続く.

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