資本主義の先祖帰りは可能か?

前回の復習。
「資本主義の精神」から資本主義が生まれた。
資本主義が生まれて、社会のみんなが尊敬する金持ちたちが、社会のために「投資」して、それが「産業革命」になったのである。

俗説になっている、産業革命から資本主義が生まれたのではない。

このことの「順番」の理解は、「絶対」をともなうほどに重要だ。
あたかも、2+3×4=14となればよいが、20になったら「✕」がつくほどに明解で、そのひとの一生を決めるほど、ここを間違えてはいけない。「順番」の重要性は、ときに「絶対」がある。

ところが、資本主義が生まれたときは、「結果の利益・利潤」であったものが、勃興した産業革命を通じて、伝統的な「目的としての利益・利潤」を追求することに戻ってしまうひとたちがでてきた。

最初から、自分だけが儲けたい。
この精神は、「資本主義の精神」ではないことは、前回説明した。
しかし、人類史を占めてきた「目的としての利益・利潤」の追求は、人間の「性(さが)」でもある。

だから、本来は、「資本主義の精神」という新しい「発想」をもったひとたちが、こうした古い「性(さが)」に対して、抵抗しなければならないのだが、もうひとつ、「資本主義の精神」を支えるかんがえに「自由主義」がある。
もちろん、「自由主義」とは、「自由放任主義」ではないのだが、古い「性(さが)」のひとたちにはかんたんにつうじない。

こんな議論をしていたら、ずいぶん酷いことを平気でする「資本家」がたくさんでてきた。このひとたちは「資本主義の精神」を持っていないけど、「資本」だけはもっている。
それで、「資本家」はいけない、ということが転じて、「資本主義がいけない」になってしまった。

それが、「啓蒙主義」をつうじて宣伝されて、フランス革命からロシア革命にまでなったのだ。
けれども、70年でロシアも革命をやめた。
このとき、資本主義の勝利だと思い込んでいたのは、資本主義国家のアメリカ人だった。

そのアメリカでは、じつは資本主義が衰えていた。
なにも、わが国が経済を席巻していた「だけ」が問題ではなかった。
それは、「資本主義の精神」の劣化があったからである。

顕著にわかる事例はふたつある。
ひとつは、共産主義が崩壊したロシアに、アメリカ人の「コンサルタント」(ノーベル賞学者も多数)が、ロシアの資本主義化を手助けしようとしたのに、ぜんぜんできなかった、という事例。
これは、いまだにできていない。

もうひとつは、経営者が自社の富を独占して、高額報酬を得るかわりに、設備投資を怠り、わが国などとの競争に敗れた事例である。
たとえば、自動車なら、「アイアコッカ」とかが典型例だ。
おのれの経営力を自慢して、超高額報酬を得たが、その企業の命運も食い尽くしてしまった。

アメリカ人が、「資本主義の精神」を失念してしまっている。
これが、「事件」でなくてなにが「事件」か?
ソ連の崩壊をその10年前に「予言」していた、碩学、故小室直樹にいわせれば、「なっちゃいない」はなしだ。

 

この本の「シナリオ通り」に、あのソ連が「ほんとうに」崩壊した。
その後にでた、『ロシアの悲劇-資本主義は成立しない』は、じっさいにソ連が崩壊した、1991年12月よりも2ヶ月「早い」、同年10月に出版されて、「ほんとうに」この本の「シナリオ通り」、ロシアは「マフィア経済」の闇に落ちてしまって、いまだに「そのまま」である。

おそるべし、「資本主義の精神」なのである。

さて、ソ連が崩壊した1991年当時のアメリカ大統領は、パパ・ブッシュであったし、そのパパ・ブッシュが来日したときは、アメリカ自動車業界もやってきて、日本に文句をいうだけではなかったけど、宮沢喜一首相にして突っぱねたのが印象的であった。あまりのショックに、首相主催晩餐会で倒れたのが記憶に残る。

パパ・ブッシュは、レーガン大統領の副大統領だったから、共和党である。しかも、彼は、「主流派」の中心人物だった。
共和党主流派とは、グローバリズム推進派を指すけども、それゆえに資本主義の精神を「気にしない」ひとたちなのである。

党内で対抗するのが「保守派」であって、このひとたちには建国の伝統「茶会党」もふくまれるし、キリスト教長老派という、清教徒の流れがある。
すなわち、資本主義の精神を理解しているばかりか、「なくてはならない」とかんがえるひとたちだ。

ちなみに、キリスト教長老派で、熱心な信仰をしていることで有名な政治家に、台湾の李登輝(本名は岩里政男)元総統がいる。
日本名から中国式に強要されたのだから、本名は日本名という、「順番」がある。

現職の、ドナルド・トランプ大統領も、「保守派」なのだ。
彼がいう「財界のアメリカ回帰」とは、外国から戻ってこいという意味と、資本主義の精神を取り戻せ、という意味とがあるとおもわれる。

これは、たいへん重要なことをいっているのだと理解できるだろう。

「アメリカ・ファースト」とは、正統・資本主義回帰のことなのだ。
かつて「成立」したときの、「結果としての利益・利潤」を求める「正しき資本主義」である。
その精神を鼓舞する、近年にない大統領がトランプなのである。

すると、わが国の資本主義は、だいじょうぶなのか?
ひとつだけエピソードをいえば、一昨夜放送された、池井戸潤原作の『下町ロケット・総集編』(第三夜完結編)がちょうどいい。
5年前のドラマシリーズを三回にまとめたものの最終回だ。

この中で、阿部寛扮する主人公が、小泉孝太郎扮するNASA出身の宿敵に、決めセリフを吐くシーンで、「技術だけではダメだ」といって「資本主義の精神」をとうとうと語る場面がある。
原作を読んでいないからわからないが、原作にあるのか?それとも脚本のオリジナルか?

こんなところが、この作品の「人気の秘密」なら、日本の資本主義も捨てたもんじゃない、のである。

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