軍事国防と経済国防

台湾防衛の問題で「尖閣」が蔑ろにされている。
我が国のマスコミが腐敗しきって、恣意的な報道しかしないことが「21世紀」の常識になった。
野党は「憲法」を楯にして、昭和の論法を「保守」している。

しかし、その「憲法」のために、拉致被害者を取り戻す手段を持たないのが我が国なのだ。

つまり、国民の生命と福祉に「関与できない」と思い込んでいる。
ならば「福祉国家」という発想は、何なのか?
ただ、国民を乞食にして支配したいという、上から目線の願望に過ぎない。

だから国民は、甘言に騙されてはいけないのだが、すっかり骨を抜かれてしまった。

法的な前提が、立法時から大幅に違った現実が起きた場合、これを「事情変更の原則」という伝家の宝刀で、変更する法理は昔からある。
それを、「行使しない」のも、一つの見識ではあるけれど、無防備な国民が外国政府によって拉致される、というのは、独立国家としてあるまじき汚辱なのに、ただ「耐える」とは。

玉音放送で、昭和大帝が肉声で訴えた、「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍び」とは、こんな無様を想定してはいない。

台湾海峡で有事ともなれば、かくかくしかじかと得意げに解説するひとがいるけれど、これを無関心で聞いている多数の神経がわからない。
日本国民が文明生活を享受しているばかりか、生きていられるのは、物資を満載にした船が台湾海峡を無事通過するという「普通」があるからである。

もし一発でも「実弾が炸裂したら」、我が国経済はそれだけで大混乱になる。

こんな、地図さえ見れば小学生にでも理解できることを、「平和ボケ」したおとな達が理解できない。
むしろ、想像することさえ拒否するのである。
そんなことを考えたら戦争になる、という「言霊信仰」は一方的な「洗脳」によって過激になっている。

それが証拠に、総選挙の「争点」にならないのである。
あるべき「争点」とは、防止のための方法論であって、論争すらしない、ということを言い争うことではない。
これには、当然に「軍事的国防」という概念が必要だ。

外交の延長線上に戦争がある。
逆に、戦争は外交の解決方法の一つなのである。

一方で、コロナの蔓延という情報に、世界のひとたちが「引きこもった」から、この約2年でずいぶんと物資の需要が縮小した。
世界規模の物流は、先にも触れたように「船:海運」である。

その海運は、「コンテナ」の発明によって大革新を遂げた。
この「箱」を発明したのは、20歳代だったアメリカ人の大型トラックドライバーだった。
自分の経験から、荷の積み下ろしを楽にする方法として考案したのだった。

しかし、彼のアイデアを実現させたのは、もっと年配のおとなだった。
港に「実験」のためのクレーンを据えて、実際に荷上げ作業をやったのだ。
それで、彼の考えた「規格」が、世界標準(デファクトスタンダード)になったのである。

世界的な需要減少で、コンテナ輸送運賃は通常時の半額にまでなったけど、それでも需要がなかった。
ところが、だんだんと「コロナの正体」が「風邪」だとわかって、「一気に」世界の物流が再開し出した。

それで、今度は「コンテナ不足(コンテナとコンテナ船の手配)」になって、輸送価格が10倍になった。
コロナ前の通常時からしたら、5倍である。

さらに悪いことに、コロナを焚きつけたひとたちは、「地球環境」という別口にも手を打っていて、「脱炭素」なるエセ科学宣伝して、燃料コストを高騰させるような「経済破壊活動」をやったのだ。

そこには、「巨大利権」が渦巻いている。
なので、地球温暖化論に迷いを示しだした、国際会議「cop26」に、今更、日立がスポンサーとなっていると、「役に立つ白痴」ぶりを自己宣伝しているのだ。

もちろん、裏でやらせているのは日本国政府の「経済官僚」たちであろう。
彼らは、国連やらの「国際舞台」で、こうした民間企業の資金提供を自分たちの手柄として自慢するのである。

そんなわけだから、油田やガス田の新規開発に規制をかけたい国連に、サウジの皇子さまが噛み付いた。
けれども残念なことに、この皇太子さまも欧米での高等教育を受けているから、きちんと「洗脳済み」である。

国連が論拠とする、「温暖化」に反論しないという、決定的ミスをした。石油は枯渇しないし、それが地球環境を破壊するなど考えられない、といえばよかった。

なにしろ、全ては神の思し召しのはずなのに、だ。

これを言えないサウジ王家(「スンニ派」の宗主)の堕落に、きっとイラン(「シーア派」)は嗤っているはずだ。
それでもって、仕組まれた安価なエネルギーを使ってはならず、わざわざ高単価なエネルギーを使う羽目になってきた。

ガソリンを始めたとした、燃料の高騰と、プラスチックの高騰は、間違いなく「インフレ」を増長させる。
70年代から80年代にかけて深刻化した、「スタグフレーション(不況下のインフレ:悪性インフレ)」の恐怖が予想の射程に入ってきた。

このときは、正しい「新自由主義」でこれを克服した。
しかし、今度は、社会主義で克服しようというのが「世界潮流」なのである。
これは先進国で唯一突っ張って自滅した、「ミッテラン政権」を思い出させる。

我が国は、優等生として過ごせた「あの時」の教訓を活かせるのか?
そのはずがない、のが、今、なのである。
「国防」ということを考えない国民の「悲劇」は、これからやってくる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください