選挙パフォーマンスで和平ができるか

昨日、2020年9月16日は、間違いなく歴史に残る日となった。
ホワイトハウスでおこなわれた、イスラエルとUAE、バーレーンとの国交正常化の調印のことである。
仲介したトランプアメリカ大統領は、さらにアラブの数カ国がこれに続くと演説した。

これを、わが国のマスコミは、「選挙パフォーマンス」と決めつけて報道している。
まことに、間抜けで滑稽な姿である。

ご丁寧に、民主党のバイデン氏との「差」をもって劣勢を強調しているが、前回でも勝敗を決した激戦州では、既に互角あるいはトランプ氏優勢との分析もある。
正確を期せば、双方「互角」で現時点では勝敗は不明なのである。

しかしながら、マスコミ報道は容赦なく、あたかも調印式がホワイトハウスであることも「異例」として、すべてが国内選挙向けの演出だと、ニュースを装って演出している。

当事国がイスラエルを中心に2カ国あるので、もっとも適した場所はイスラエルだろうし、エルサレムでやりたいにちがいない。
でも、ここを選ぶと、次の国が腰を引くかもしれないし、周辺国を刺激する。

ならば、仲介者の場所に集まるのは自然なことだ。

もし、これを、「選挙キャンペーンの一部」というなら、まさに外国政府がトランプ氏側を応援していることになる。
ところが、かつて中東の国で、2カ国が同時にイスラエルと国交を結ぶということはなかった。

むしろ、民主党のオバマ政権はなにもしなかったから、副大統領だったバイデン氏にも中東での外交に実績はない。
これを、いまさら羨んでもせんないことなのだ。
だからぐうの音も出ない。

結果的に、「選挙パフォーマンス」となったとしても、この時期というタイミングを、トランプ氏のわがままで決められるほど歴史的な「国交樹立」は甘くない。
相手があるからである。

中東の石油に9割も依存しているわが国にとっても、重大な外交成果に違いはないのに、なにをいっているのかわからない。
むしろ、アメリカだけの外交成果なのではなく、アメリカの同盟諸国だって舞台裏で画策したはずである。

ならば、わが国はなにをしたのか?
高いコストの特派員を直接派遣しているのだから、このくらい自分で取材して報道してこそプロのジャーナリストである。
しかして、日本大使館の公式見解しか取材できないという、記者クラブの「国内事情」をそのまま外国に持ち込んで、遊んで暮らしているのであろう。

見るも聞くも読む価値もない。

こんなぐうたらに、われわれ国民はコストを負担させられている。
新聞社や民放が自ら負担しているのではない。
広告収入という、消費者が支払う価値から転用されているのだ。
そろそろ、スポンサー企業も気づくべきだろう。

そんなわけで、国内では、菅内閣が発足した。
近代政党ではない、自民党の総裁選挙を経ての「結果」ではある。

新政権について、日本のマスコミは「100日間ヨイショ」というルールがあるけれど、これは、「アメリカのマスコミ」から真似っこしたものだ。
じつは日本的には「お手並み拝見」という上から目線なのだ。
果たしていま、そんなことを悠長にいっている場合か?

政権の受け皿となる野党が事実上存在しないので、場合によったら100日もしないで「解散」だってある。
すると、安倍政権の踏襲がここに活きて、再びの長期政権にだってなり得るのだ。

だから、わが国の政治問題の根本に、「ちゃんとした野党の必要性」がある。

従来型の野党では、けっして与党に脅威を与えないのは、何度も書いたように、その「社会主義性」にある。
自民党が、とっくに社会主義政党になってしまって、もう一つの社会主義政党と連立している。

だから、社会主義性のある野党では、ぜんぜん対抗できないばかりか、わが国をどんどん社会主義国家へ変容させる速度が速まるばかりなのである。
この社会主義性が、経済政策の大黒柱と化したから、わが国経済の活力が衰退しているのは歴然だ。

現状野党の狙いは、ここにある。
つまり、与野党の野合であるから、これを「新55年体制」という。

それで、かつての「英国病」(保守党も労働党と野合した)にならって、「日本病」という。
病気の原因はどちらも、社会主義性、である。

これを治療したのは、サッチャー女史で、彼女はハイエクの「新自由主義」を全面に打ち出した。
そして、彼女は科学者だった。

つまり、わが国にはサッチャー女史のような「新自由主義」が求められていて、これを理系が推進する必要があるのだ。
けれども、わが国の「政治環境」では、無い物ねだり状態になっている。
マスコミに新自由主義を押す媒体が存在しないからだ。

すでに、わが国では、新自由主義に「悪の」が枕詞になっている。

コロナ禍がようやく「情報感染症」といわれはじめたなか、とっくに新自由主義もわが国では情報感染症が発症して、世界の常識に追いつかないばかりか離反しているのである。

先ずは有権者たる国民が、上記のような図書をもって、自ら「解毒・治癒」すべきなのである。
なぜなら、まったく期待できない政治構造が、まったく期待できない内閣を量産しているからである。

わが国の9月16日には、こんな歴史的意味がある。

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