部下は自分の鏡である

「子は親の鏡」という.それで.いよいよとなると,「親の顔をみてみたい」になって,恥をさらすのは,やっぱり親だ.
GHQの一員としてよばれて来日し,いまの労働法の基礎をつくった,ヘレン・ミアーズが書いた「アメリカの鏡・日本」は,ニッポンという子の親がアメリカだという立場でかいたが,マッカーサーは,この本を「日本人に読ませてはならない」として,日本語での出版を発禁にした.

日米は,黒船から断絶していたのではなく,マッカーサーによって断絶してしまったということがわかるから,いまの日米をかんがえるときの基本としても読める.
日本は,「親」から見捨てられた「不肖の子」であった.

企業において,部下を育てる,というテーマは,ふつう上司の仕事として認識されている.
だから,経営者は使用人である幹部従業員を,幹部従業員は中堅従業員を,中堅従業員は新入社員を,というぐあいにピラミッド構造を地でいく順位で面倒をみることになっている.
すると,いちばん問題なのが,経営者はだれに面倒をみてもらうのかがはっきりしない.

まず,この順番が正しいとすれば,経営者の面倒をみるのは新入社員がのぞましい,ということになる.
本来,経営者は会社全体の面倒をみなければならないが,そうはいかない,というなら以上のようになるだろう.

接客業において,おおくの企業はものすごいことが「常識」になっている.
それは,お金をくれる「お客様」の接客をするのが,新入社員とその先輩たちという,社歴がみじかいひとたちばかりが「兵隊」として存在するのだ.
かんたんにいえば,素人をお客様にあてがって,それでよしとしているのだ.

こうした業界の常識に異議をとなえたのが,いまではすっかり「古典」あつかいになっている,「逆さまのピラミッド」である.

この本は,当時のアメリカで,「サービス革命を引き起こした」といわれるものだった.
いまのアメリカでも,この本の影響力はつよいのではないか?
しかし,日本ではあまり高い評価はされなかったかもしれない.
「なんとなくピンとこない」というのが,一般的な感想だったと記憶している.

おそらく,日本の読者はいまでも「ピンとこない」かもしれないが,その前に,サービス業従事者の読書嫌いも半端ない状態だということは認識しておきたい.

この本が,日本で「ピンとこない」といわれる理由はかんたんだ.
日本人のはたらきかたは,「集団主義」といわれて久しいが,その「集団」が,組織だっていないという特徴がある.
つまり,「なんとなく組織」なのである.

「フラットな組織」といえばそうなのだが,もっとも重要なことは,仕事のやり方のなかにふくまれる数々のルールが不明確なのである.
だから,仕事にムラができる.
しかし,これを,経営者も放置するから,組織の意思疎通が苦手という組織になる.

もっとも,読書嫌いなサービス業従事者には,経営者もふくまれる.
製造業では大変な効果をだした,TWI(Training Within Industry)という現場責任者向けの研修をほとんどのひとが知らないだろう.
これは,現場責任者が後輩を教育するための「研修」である.

欧米は,人種も言語もバラバラだったから,意思疎通に苦労した.
そこで,仕事のルールを明確にするという努力がなされた.
日本は,これらの問題がほとんどないから,「有利」だとされてきた.
ところが,個人の価値観が「発散」する時代になって,この「有利」さがぐらついている.

むしろ,見た目でかんがえ方がちがうと思われるひとたちが集まった組織のほうが,個人への許容量がおおい.
見た目がおなじだと,自分とおなじだとかんたんに錯覚する.

だから、どんな働きかたをしたいと思うのかを,新入社員にきくと,接客上の訓練のありかたにもアイデアがあるかもしれない.
将来を背負うことがきまっている新入社員から面倒をみてもらうのは,経営者にとってもチャンスなのだ.

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