酋長のJBが活躍する

いまやネット界は、「伏せ字」が流行している。
あたりまえだけど、誰だって直接的ないい方をしたいのに、それができないから工夫する。
「検閲」があからさまにおこなわれているからである。

わが国の歴史で、あからさまに検閲がおこなわれていたのは、先の戦争中のことである。
昭和13年の「国家総動員法」から、関連法が整備された。
一本の法律だけで国民を締め上げることはしない、ということは、いまでもおなじ政府のテクニックである。

このときは「軍:このばあいは陸軍」が、検閲をしたけれど、検閲をされる側(たとえば新聞社)は、社内に検閲担当者をおいて、陸軍の検閲による印刷差し止めを回避した。
やり方は、陸軍の検閲官より内部検閲を厳しくしたのである。

しかし、こうした内部検閲をはじめる前は、軍の検閲官に印刷を差し止められたりして、経営上困ったことになった。
物資欠乏のなか、貴重なインクと新聞紙がムダになって、おどろくほどの経費がかさむからである。

検閲が初期の頃、印刷の植字を急いで抜いたのが、「伏せ字」になって、すき間が白く空いたので、なくなった文字数をかぞえては、文字を埋めるパズル替わりにして楽しんだという。
それから、社内検閲がはじまると、原稿そのものを「差替え」するから、読者は「伏せ字」を見る機会がなくなった。

「コンプライアンス」の重要性が、いつの間にか強化されて、社内での専門部署が当時の社内検閲のごとく、機械的にしか動かないとどうなるか?は、容易に察しがつく。
その「弊害」も、ほんらいは経営者の経営力の結果だけど、圧倒的多数の残念な経営者は、当該部署の責任者に詰め腹を切らせるから始末が悪いのである。

もちろん、コンプラの不祥事を報じる側もおなじだから、「検閲担当者」の方法を聴き出す話が、あたかも本人たちの意志で実行したように印象づけるのである。
「担当者」は、「社命」によってやっていただけなのに。
だから、ちゃんと「責任者」にも取材しないといけないのだ。

これを、「愚直」にやったのが、ハンナ・アーレントの歴史に残る仕事『 エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』だった。
それで、この作品を書き上げた彼女を映画にして、あんがいと、全共闘世代に受けたのが、映画『ハンナ・アーレント』(2012年)だ。

映画の作中に登場する、アイヒマンは、本物の裁判映像からの「出演」をさせる工夫がされているのも話題になった。
組織の中での、中間管理職としての「陳腐さ」が発見された。
これは、人類共通の発見だった。

 

そんなわけで、いま実施されている巨大テック企業たちによる「検閲」も、実行責任者の「陳腐さ」が予想されるのである。

しかしながら、伏せ字や読みかえなどの工夫が、それなりに普及すると、それ自体が「用語」に変化する。
これを、「AI」による検索と競争する、ということが現実になったのである。

それで、いま大統領「らしきひと」を、「JB」と表記することがあたらしい習慣になったし、大統領のことを「大酋長」と読み替えるのだ。

1952年の『人生模様』(20世紀FOX)という映画は、あの「オー・ヘンリー」の短編集から、名作を5本選んで、これを当時の有名監督たちが一編ずつを担当した、アンソロジーになっている。

1.「警官と賛美歌」:ヘンリー・コスター監督
2.「クラリオン・コール新聞」:ヘンリー・ハサウェイ監督
3.「最後の一葉」:ジーン・ネグレスコ監督
4.「赤い酋長の身代金」:ハワード・ホークス監督
5.「賢者の贈り物」:ヘンリー・キング監督

「警官と賛美歌」には、マリリン・モンローが街娼でチョイ役だけど、味のある演技をみせている。
この映画は彼女の人気が、直前の『ノックは無用』で盛り上がってからだから、端役なのにクレジット・タイトルは大きい文字表記になっている。

オー・ヘンリー(本名はウィリアム・シドニー・ポーター)は、1910年(明治43年)に47歳の若さで没しているので、作品は、日本の明治時代にあたるアメリカを舞台にしている。
だから、この映画は、作家の死後40年以上経ってからの「時代劇」でもある。

さてそれで、4番目のエピソード、「赤い酋長の身代金」は、なんだか後の『ホーム・アローン』(1990年~2012年)シリーズを彷彿とさせる。

妙にひとがよく上品な二人組の犯人が、土地持ちの金持ちの子どもを誘拐して身代金を稼ごうという魂胆だけど、捕らえた子どもが「ハンパない悪ガキ」だった。
彼の名前が、「JB」で、犯人のおとな相手に、「酋長」ごっこを要求するのだ。

不可思議な「縁」があるのは、『ホーム・アローン2』(1992年)に、当時既にテレビのトーク番組で人気を得ていた、トランプ氏が「チョイ役」で出演している。
もちろん、その後に大統領になるとは誰も想像しなかっただろう。

このシーンは、ニューヨークのプラザホテルでロケをした。
トランプ氏は当時のオーナーで、自分の出演と引き換えに撮影を許可したというエピソードもある。
それが、カナダのテレビの映画放送で、この場面をふくめていくつかを「カットした」ことが話題になった。

そして、今年、全米俳優組合に加入していたトランプ氏除名の動きに先手をとって、「こんな組合なら辞めてやる」と手紙を書いて脱退したのも、ニュースになった。

日米のメディアは、反トランプ一色なので、「おとしめる」ことしかしないという、別の「筋書き」もある。
これに、フリーの記者たちも売文のために日和るから、「クラリオン・コール新聞」も、一歩まちがうと、にも読めるのだ。

オー・ヘンリーが想像もしないドラマが現実になっている。

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