駅弁考

自分が横浜市民だから、ということになるのを承知で、「駅弁」についてかんがえる。

久しぶりに東北新幹線に乗っての出張なのに、自宅最寄りの在来線の遅れから、東京駅での乗り換え時間が逼迫してしまった。
駅ナカの各店で、駅弁を物色しようにも時間がない。
座席予約した電車は、12:20発なのであるが、JR東日本という鉄道会社は、国鉄の真逆をいく「同類」だから、車内販売で駅弁を売るのをやめた。
おかげで、ほとんど夕食時間に到着予定だと、一食抜くことになってしまう。

これを「自己責任」だというなら、在来線の「事故責任」をどうしてくれる?
そんなわけで、プラットホームの駅弁売り場で、時計を横目に買ったのが『大船軒 アジの押し寿司』である。
わたしが利用する最寄り駅の改札前にも大船軒の売店が長らくあったけど、今年になって閉店してしまった。
たしかにこのところ購入していなかったから、ちょっとは自分のせいかとも思ったものだ。
だから、今日、アジの押し寿司をみつけて即決したともいえる。

地元が横浜だから、『シウマイ弁当』は絶対の定番である。
むしろ、駅弁というジャンルで、かくも「完成された」商品は他にあるものか?
以前、地元ローカルテレビ局の経済番組によばれた崎陽軒の社長も「完成」といって、いかに「守りつづけるか」だと発言していた。
「完成」を公言する経営者はめったにないが、ものが「シウマイ弁当」だと、観ていても同意するしかなかった。

この弁当にまつわる話はたくさんある。
シウマイの数とか、どうして「シュウマイ」でなくて「シウマイ」なのかとか。
しかし、いま鶏の唐揚げになっているものが、エビフライだったこともある。
一個170円だったときから値上げされたときだったか?それが、唐揚げになるとしばらくしてエビになって値上げとなることをくり返した。

けれども、シウマイ弁当の絶対的魅力は、ごはんの美味さにあって、それを「経木」の弁当箱とフタが守っている。
この「容器」こそが、いまや「特別」になってしまった。
理由はどうであれ、シウマイ弁当は経木の箱に入っているべきものなのだ。

はたして、他の駅弁も「経木」をつかうなら、世の中に「経木やさん」がふえるのか?
是非そうあってほしいものだ。

しかし、これを阻むのは鉄道会社でもある。
なにをしても儲からなかった国鉄が、JRになったら、儲かればなにをしてもいいことになった。
国民資産を使っているくせに、なにを勘違いしているのか?
NTTと、おなじである。

それで、国鉄清算事業団の負債返済はどうなっているのか?
もはやJRは、知りませんと他人事である。
どちらも、一方は国民が負担していて、一方は毎日利用しているから、国民にはなにもかわらない。
変わったのは、清算事業団とJRとが「分裂」しただけだ。

こんな発想をしているから、昼時に車内販売で弁当を売らないで平気なのである。
腹を減らす国民は、やっぱり「ガマン」するしかない。
みごとなわかりやすさである。
車内販売のワゴンには、弁当に替わって「ビール」が山積みだ。

ようは、純粋に需要をみないで「供給」だけする。
これが、国鉄と真逆だけど「同類」だということの理由だ。

横浜駅にはかつて、『加登屋(かどや)バッテラ』という名作もあった。
加登屋は健在だけど、弁当をやめた。
だからもう「幻の味」である。
やめた理由をしらないが、記憶に残るストーリーがあった。

祖父が大好きな弁当だった。
サバすしの上に、薄い紙のような昆布が引いてある。
子どもからしたら、紙ごと食べているようで気持ち悪かった。
祖父が亡くなって、あるとき思いだして食べてみた。
酒の味を覚えてからだったが、世の中にこんな美味いものがあるかと驚いた。

大船軒のアジの押し寿司は、『バッテラ』とはまた趣がことなる美味さがある。
作家の檀一雄が、東京の自宅から着流しで散歩に出たとおもったら、帰宅するなり自室に隠って内側から鍵をかけるという。
不審におもってあるとき覗いたら、ギクッとした形相で押し寿司をほおばった父が見返した、と娘の壇ふみが話すのをきいたことがある。
当時なら、大船駅にしか売っていなかったはずである。

おいおい、大船なら鎌倉市になるだろう?
ご疑念ごもっともなれど、大船駅の戸塚よりは、ホーム下に川が流れていて、これが市境になっているのだ。
それで、駅の北口は、ちゃっかり横浜市なのである。

東京駅でも『シウマイ弁当』やアジの『押し寿司』が買えるのは、なんだか旅情を薄める。
けれども、他社さんには申し訳ないが、「完成度」がちがう。

全国に『シウマイ弁当』があれば、どんなに幸せか。
地方から帰るとき、駅弁を買ってはみるが、なかなか「あたり」がない。

駅ビルのデザインやどこにでもあるテナントなど、旅情を壊してなんぼのJRさんなら、全国でシウマイ弁当を売り出しても「儲かる」ならやるかもしれない。
いや、崎陽軒さんが断るのだろう。
もしや、ふるさと創生大臣もダメ出しするかもしれない。

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