6÷2(1+2)=?の大論争

答は、1なのか?9なのか?
これが、大論争になった。

計算の基本の最初は、おなじ式のなかに掛け算や割り算部分があれば、それから先に計算する。
だから、たまに、2+3×4=14を、20と答えるひとがいるのは、式の順のまま2+3=5に4を掛けてしまうからである。

次に、おなじ式のなかにカッコで括った部分があれば、その部分を先に計算する、がある。
上の例なら、(2+3)×4=?となれば、20が正解になる。

それで、「問題の」6÷2(1+2)=?はどうなるか?
算術としては、頭から素直に、6÷2=3を計算して、次にカッコのなかの1+2=3を前の3と掛け算すれば、答は9になる。

しかしながら、数学としては、カッコのなかの1+2=3を2で掛けて6を算出して、冒頭の6と割り算するので、答は1になる。
どうしてこれが、「数学として」になるかというと、「6÷2a:6/2a」としてカッコのなかをイメージするからだ。

そんなわけで、1なのか?9なのか?という、ふたつの答えに対する、自分が正しい論争になったのである。

さて、わたしは1だと答をだしたが、読者はいかがだったろうか?

ちなみに、前に書いた数式をそのまま入力する、TI(テキサスインスツルメンツ)の小学生用関数電卓『TI-30XB』とか姉妹機「XS」でやってみると、答は9になった。
ちゃんと「算術」をやっている。

日本製の数式入力式の関数電卓で、どんな答えになるのか?も、やってみると楽しいのは、設計思想がわかるからである。
スマホに入れている数式入力関数電卓では、1になったから、こちらの開発者は「数学」をやるようにプログラムを組んでいることがわかる。

ほんとうの「正解」には、どのようなルールで計算するかの「定義」を示さないといけない。
つまり、この混乱は、出題者の方に問題がある、というわけだ。
すなわち、2(1+2)の取り扱いについての「定義」だ。

しかし、電卓を購入する側は、その電卓がどのような「定義」でプログラムされているのかをあらかじめしることはできないので、計算結果のちがいに戸惑うことにもなる。

実務では、こんな単純な計算はあまりない、というよりも、四則演算が絡み合うような計算は、企業会計ではないだろう。
もしも、そんな計算をしないといけないなら、結構な注意がいるのである。

さてそれで、「定義」の問題は、実務では逆に重要だ。

なんの議論をしているのか?ということすら、白熱するとズレていることがある。
わたしの経験で、レストランのメニュー改訂会議をしていたら、サービス側と料理人側とで意見が真っ向ちがうことがあった。

どうも変なので、途中で議長役に質問したのは、いまやっている議論は、朝食メニューの話か?ランチメニューの話か?なにが対象なのか?と。
すると、参加者が皆笑い出して、なにを急にいっているのですか?といい、サービス側は「当然、ランチメニューです」といったら、調理側から笑いが消えたのである。

これは、「定義」というよりももっとゆるい「前提」のことではあるけれど、放置すると怒鳴りあいになるかもしれないほどだった。
あんがいと、「おとな」ほど、曖昧さを許すことがあるから、この場合は笑い話になって助かった。

しかし、こんな「すれ違い」は、世の中にたくさんある。

トラブルの多くは、たいがいが「よかれ」とひとり合点したことが原因だったりして、「悪意」が原因だということは少ないのが日本社会の特長だった。

「だった」というのは、もちろん、「過去形」だ。
いまは、政府すら国民には悪意によっているように見える。
おそらく、政策の前提や定義が、枕詞としての「国民のため」があったとしても、その「国民が誰か?」に狂いが生じているからだろう。

一部の業界人だったり、あるいは外国勢力の隠れ簔を着たひとたちか?

それでもって、政権が圧倒的な多数で維持できているのは、なんと全有権者からの20%から30%程度の得票での結果なのである。
つまり「棄権」が、この状況をつくっているけど、「棄権したひと」が自分のせいだとは認識していない。

あるいは、わが国の伝統主義としての「保守」を標榜しているひとたちがまつりあげている政治家について、その「素性」を語らないという不思議もまかり通っている。

ただし、最近になって一部のひとたちが「怪しい」と、指摘しているのは、その本人の「政見に関する」定義を試みた結果からの結論だというから、信用に足りるのではないかとおもわれる。

小学校で算数を習うのは、義務教育として本人が社会人になっても、生活上の計算ができることを目的にしている。
それが、中学に入ると数学になるのは、論理思考の訓練のはずなのだけれど、その説明を中1の最初の授業でいわない。

こうした「定義」の手抜きをやることが、非難されることもないのは、「目的がなにか?」という定義を曖昧にして受験に仕向けたいからだ。
そうやって、「定義」にこだわるおとなを作らないのが、「棄権」になって、小数なのに多数がとれる為政者に天国を提供している。

おなじ式の答えが1か9?には、こんな意味も含まれている。

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