わたしは鸚鵡ではない

くりかえして言うことを「鸚鵡返し」とよぶことがある.
ほんものの鸚鵡は,人間のことばを理解しているかといえば,おそらくそんなことはないだろう.
人間なら,鸚鵡とちがって,理解して返答している,とおもいたいがそうでもないことがある.これを,「機械的」といったりするが,手作業でも「機械的」な単純作業のくりかえしだと飽きてきて,しまいには苦痛にかわる.だから,ことばとして「機械的」に発することをくりかえすと,精神的にまいってきて,しまいには思考停止となる.

ところが,ホテルや旅館では,たとえ「機械的」であっても,くりかえし言わないと仕事にならないことがある.
だから、「機械的」に言わなければならない理由を知っているか知らないかが,その仕事の完成度につながる.すなわち,クレームの発生頻度がかわるということだ.

この「理由」を新人におしえないで命令でやらせていると,本人はだまって思考停止になる.そのうち,「理由」を説明できるひとがいなくなって,それが,職場全体に広がってくると,職場ごと思考停止になる.こうやって,ことばの発声が「単純作業」になって思考停止になると,人間は思考する動物だから,手をうごかす仕事も,かならず「単純作業」になるから,こころがうわついたサービスがお客に見ぬかれて,衰退という道をすすむことになってしまうおそれまである.

どんなことが「機械的でなければならない」のか?

第一は,「電話予約」における,「お待ちしております」に象徴される,予約承諾のことばである.
一般に「宿泊予約」というのは,厳密には「予約契約」のことをいう.これは,レストランの予約でもおなじことだ.
商法507条が根拠といわれたが,民法の大改正にあわせて,この条文は「削除」が決まった.
つまり,民法の特例法だった商法が,一部民法に先祖返りすることになった.
2020年の4月1日をもって,法律がかわる.

電話の通話は,双方向でつながっている.
そこで,電話で予約を受けるとき,その通話内で予約の申込みを受けて,部屋が空いているからと,「お待ちしております」と,承諾の意思表示をすれば,「予約契約が成立する」のだ.だから、鸚鵡のように,承諾の意思表示のことばを言わなければならない.

ちなみに,予約契約も売買契約である.売買を予約したのだ.売買契約は,売る側は商品を用意して,買う側はその代金を支払う,という約束である.
物質であろうが客室であろうが,売る側は用意しなくてはならず,買う側は代金の支払いをしなければならない.
ここで,買う側が一方的に売買契約を破棄したばあい,キャンセルチャージという違約金の債権債務が発生する.
だから,予約段階でも,その予約契約が成立したのかしなかったのかは,間違いなく伝える必要がある.お客は予約したつもりで,もし部屋が売り切れていたら,宿側が違約金を払わなければならなくなる.

第二は,荷物の預かりだろう.
いまは冬だから,クロークでコートなどを預けることがよくある.このとき,「貴重品類はございませんか?」とかならず聞かれる.たいがいは「ない」とこたえがあって,そのまま引換券をくれるが,もし,「ある」とこたえれば,それは貴重品預かりにと案内されるだろう.

ものを預かることを「寄託(きたく)」という.これは,民法でも商法でも規定があるが,ホテルや旅館,あるいは浴場などは,たとえ「無料」でも,法律は商人として預かったことにされるから,商法の寄託が適用になる.この部分は,商法が健在である.
それで,貴重品があるかないかを問うのは,あると申告されたときと,ないと申告されたときとで対応がことなるからである.簡単にいえば,適用となる条文がちがう.

客側が,うそをついて,貴重品があるのに無いといって,貴重品預かりではなくそのまま預かってしまい,もし紛失しても,文句がいえなくなる.お客が文句をいえないのは,鸚鵡のようにかならず確認することを怠らないためだ.あるときは言って,あるときは言わない,というのでは業務ならない.荷物預かり業務は,徹底的に鸚鵡になる必要がある.その一回ごとに,寄託契約の締結がなされている.

ホテルや旅館の大浴場,あるいはスポーツ施設のシャワールームや銭湯など,必然的に衣類や荷物を預けないとサービスを受けられないばあい,言って確認するのが面倒だから,紙に書いておけばよい,とはならない.
おおくの関係者が勘違いしているので注意が必要だ.

「貴重品は貴重品預かりまたはフロントにてお預けください,万一事故があっても責任は負いません」などという紙を,ポスターのように貼っている施設がある.
たしかに,利用客に貴重品預かりの場所を説明している,という効果はあるが,じっさいに紛失事故がおきたとき,施設側は「免責」にはならない.

商法の「寄託」は,いまだ文語での記述だから読みにくいが,じっくり読んでみることをおすすめする.

なお,駅のコインロッカーは,「賃貸借契約」なので,念のため.

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