まだ今月なのに、飛んで火に入る夏の虫のごとく、自分から、トラックボール沼に飛びこんでしまった。
やっちまった!で選んだのは、トラックボール界の名門、ケンジントン社製のトラックボールだが、有名すぎる、「スリム・ブレード」ではなくて、ケンジントン社初となる親指操作の、「Pro Fit Ergo Vertical」なる長い名称のものだ。
「Vertical」を抜かして、「Pro Fit Ergo」だけで検索すると、ちがうトラックボールが出てくるのでややこしい。
その筋のプロ(音楽関係者)が愛用してやまない、「スリム・ブレード」は、机上設置型ともいえるサイズなので、もっと安価な有線タイプが本来の「お薦め」なのだろう。
しかし、iPhoneすら、「USBタイプC」が採用される時代に、いまだ、「USBタイプA」というのはいかがなものか?
念のため書けば、トラックボールは指でボールを動かすので、ふつうのマウスのように机上を移動させることはないから、有線でも邪魔にならないし、有線接続の安定性は非の打ち所がないことになっている。
わたしは以前、誰かの親指タイプのトラックボールを使わせてもらったときに、親指の付け根が痛くなったし、親指の不器用さで細かいポイントにカーソルを当てるのに苦労した経験がある。
なので、トラックボールなら、もっぱら人差し指操作タイプが好きなのだ。
なのに、このケンジントン社初の親指操作タイプを購入してしまったのには、訳がある。
まず、形状からいえば、ボールの位置が、ふつうの親指タイプのトラックボールよりもずいぶんと上にある。
ふつうの親指タイプのトラックボールは、ボディー横にボールがあるのに、なんだか微妙な角度で天井を向いているのだ。
次に、左右のクリック・ボタンはふつうのマウスのようにスクロールホイールをはさんだ配置だが、この角度が60度に傾いている。
ちょうど、握手をする角度で、人間工学に基づくとある。
もっとも、腕や手首が自然な形状になるから、疲れないという、「うたい文句」なのである。
ただし、よくあるレビュー記事に、この傾きがあわないので使用するのをやめた、というひともいるから、人間工学は一様ではない。
なお、わたしの使用感は、良好である。
あえて書けば、手のひらを乗せる位置をやや前方に意識すると、がぜん使いやすくなるようだ。
これは、親指の先の腹でボール転がすだけよりも、関節部分やもっと下の付け根でも転がすと、かなりポインター操作の精度が上がるからだ。
自動車の話に飛ぶが、クラッチ・ペダルをいちいち踏む必要がなくなって、左足の置き場のために、フットレストなるものが設置されて、かなり楽になった。
さいきんでは、カー用品として、「右足用フットレスト」も販売されている。
自動運転技術の進歩で、高速道路だと、右足すら置き場に困るからであろう。
これを、トラックボールに例えると、親指操作タイプのトラックボールで、親指の付け根(筋)が疲労するのは、親指の置き場がないので、ボールから指を離して空中待機させる行動が主な原因のようである。
これを回避する方法として、上に書いたようにやや前方に手を置くことで、親指の関節や付け根をボールに接触(意識としては押しつける感じ)させて、「待機状態」とすれば、ずいぶんと楽になる。
それでも、操作感としては、前のエレコム社製の人差し指操作タイプでかつ、エルゴノミックデザインの方が優位ではある。
親指の位置がそのまま左クリック・ボタンとなるボタン配置が絶妙だからである。
ところが、ケンジントン社のこの9ボタンもある、「Pro Fit Ergo Vertical」には、必殺の、「KensingtonWorks」なるソフトウェアがあるのだ。
もちろん、エレコム社製の、「DEFT PRO」にだって、「エレコム マウス アシスタント」なるソフトで、8カ所ある各ボタンの設定を変えることができる。
ボタン数では、1つだけのちがいなのだ。
しかし、その遣い勝手の差は歴然だ。
ほとんどおなじ機能が、ソフトウェアでも提供されているのに、遣い勝手で勝負がつく。
「KensingtonWorks」だと、一つの設定画面で、アプリ毎のボタン設定ができるが、「エレコム マウス アシスタント」では、プロファイル毎の管理方法なのだ。
よって、「エレコム マウス アシスタント」をアプリ毎にその都度呼び出して指定しないといけない手間がある。
たとえば、「KensingtonWorks」で、ブラウザとワープロソフトで、別の設定をしたら、アプリを立ち上げたらそのまま自動的に切り替わるのである。
ちなみに、ワープロでよく使う、コピー・アンド・ペーストでは、コピーやカットの範囲指定を左右のチルトホイールでできるようにしたら、カーソルを対象の冒頭か末尾に置くだけでよく、親指のむずさから解放された。
そんなこんなが普及したのか?「Pro Fit Ergo Vertical」との価格差も、当初は2千円程度だったのが、なぜか急激に「Pro Fit Ergo Vertical」が値上がりして、「DEFT PRO」のほぼ倍となっている。
しかも、「Pro Fit Ergo Vertical」のボディー色で、「ホワイト」だけが現行販売品で、「ブラック」は入手困難なために、4万円とかと、とんでもない価格での販売者が散見される。
これは、マーケティングの権威、故セオドア・レビット教授が書いた、1969年『マーケティング発想法』(邦訳は1971年)における、第1章冒頭にある「製品」のかんがえ方のちがいか?
エレコム社は、「物質的な製品」へのこだわりがあって、ケンジントン社は、「遣い勝手を製品とした」ちがいのことだ。
あえていえば、「技術の日産」が破れて、「クルマづくりのトヨタ」が勝利したことと似ている。
トヨタは、「クルマ」を、自動車だけのこととしていない。
「自動車のある生活」を、「クルマ」と表現して売っているのだ。
発想法がことなると、結果もことなるのであった。