自分がいっていることが、自分でわからなくなってしまう。
なぜなら、「嘘」と「本当」の、「区別」がつかなくなるからである。
そのために、人間社会では、「嘘」は嫌われて、いつでも本当のことをいうようにしなさい、と躾けられるのである。
だから、「嘘」と「方便」はちがうのだけれども、おとなになると「方便」と「嘘」の区別が曖昧になるものだ。
ところで、これは言語の世界での話である。
人間が高度な文明社会を築けるのは、「言語」を介した「情報交換」が高度に発達したからである。
パスカルの一言、「人間は考える葦である」は、「考える動物」としての人間の価値を示したものだが、人間は言語(基本的に母語)をもって「考える」から、言葉を失うと思考も止まる。
すると、「言葉の乱れ」とは、すなわち「思考の乱れ」になるのは、当然すぎる。
この原則を心得ていて、悪意があってひとびとの思考の乱れを利用したければ、まずは「言葉の乱れ」を誘発させることが必要なのである。
戦後間もなくの、たとえば、小津安二郎監督の名作映画の数々に残る、日常生活での何気ない「会話」も、いまこれを再現したら、とんだコメディになりかねない。
けれども、演じる俳優よりも、台本を当時の話し言葉で書けるひとが絶滅したにちがいない。
わたしにはまだ、耳の記憶があるけれど、もう50歳ぐらいのひとたちには、これらの会話での日本語の「懐かしさ」はなくて、なんともまどろっこしい話し方に聞こえるかもしれない。
もっと若ければ、なおさらだ。
国語の授業で、「敬語の使い方」が、すっかり「テストの点数」をとるためのテクニックになったのは、敬語をつかう「場の消失」が先にある。
社会的「上下関係」が、「主従関係」だった長い時間で完成したのが「敬語」なので、「平等関係」になったとたんに「破綻」したのである。
こうしてみると、たった半世紀あまりで、日本文化の「核心」は破壊されたことがわかる。
しかし、たった半世紀あまりとはいえ、意図的にかつ、それなりの時間をかけてだったから、一般生活者はこの「犯罪」に気づかないのである。
それでもって、外国人、とくに白人を招いて日本料理を食べさせたり、日本の伝統文化を学ばせる「番組」や「動画」がたくさん配信されているけど、彼らが感心する「日本は伝統と近代が共存している」という共通の褒め言葉に、単細胞的に自慢して気持ちよくなってはいけないのである。
それよりむしろ、彼らが「学びたい」、「体験したい」という要望の方が、よほど「珍しい」ことに注意がいる。
現代日本人の多くが、すっかり忘れ去った伝統工芸の存在を、外国人から教えてもらっているからである。
誤解をおそれずに書けば、「お上」の権威が大好きな日本人の習性を、ある意味「悪用」したのが、「伝統工芸士」という国家資格であるし、「伝統的工芸品」という国家認定制度である。
伝統的工芸品を製作する「職人」に、階級をつくり、伝統的工芸品という「枠」を設けたのだ。
これらの「価値」は、本来、消費者が決めるものである。
それが、「自由競争」というものだ。
なので、国が作るこれらの「制度」は、自由競争に対する国家の介入である。
そうやって、当事者たちを「おだてながら」じつは、衰退させている。
「褒め殺し」ということだ。
それで、地方に行けば行くほど、行政やらが介入して、地場の伝統的工芸品や名産品を「販売」する店舗まで提供していて、その店舗の運営者を「指定業者」として競争入札までしている。
しかし、「製造組合」や「商工会」がこれをやっていることもあって、その店舗の雰囲気は、まったく旧社会主義国のあの時代の雰囲気を残す、化石のような店舗にある「やる気のなさ」が充満している。
わたしは、ウラジオストクの食品売店と、ブルガリアの首都ソフィアの百貨店「グム」で経験した。
ただし、「グム」は、宮殿のような建物に、わずか数店舗しか入居していないただの「空間」という不思議があった。
日本でも、店員のパートさんに商品知識はほとんどないため、学校のバザーが常設されているようなものだ。
自分が何を売っているのか?に興味もない店員さんをみるにつけ、かつて「勤勉」といわれたことが、かくも壊れるのかと確認するのである。
もちろん、本人たちの「せい」よりも、これをやらせる側の「不誠実」こそが問題だけど、それもこれもなによりも「嘘に嘘で答えていたら」こうなったまで、なのである。
つまりは、「やっている感」を出せば、やっていることになる、という嘘をいう。
それで、大半ではない、一部のひとが「その嘘を信じる」風情を演じて、表面をもって「クレーム」をつけるので、「お客様は神様」だという嘘の上塗りで、「クレーム予防」のための「嘘」を考案したら、クレームが減ったので「よし」としているのである。
ところが、大半のひとたちは「なにもいわない」から、結局のところこの大半のひとたちが、無言の「被害者」になったのである。
日本人は、ヒトラーが政権をとった「経緯(いきさつ)」を学ぶべき点が、ここにある。
大半のひとたちの「無関心」が、一部のひとたちの熱狂に負けたのだ。
選挙にいかない日本人が半数いることで、与党が政権を維持できていることとは、まさにこのときのドイツ人とおなじなのである。