いぜんこのブログで書いた,ガルブレイスの「新しい産業国家」(1968年)のネタ本?をみつけたかもしれないので記録しておく.
この本は,企業経営が従業員である「テクノストラクチュア」と呼ばれる専門家集団によって簒奪されるメカニズムについて解説しているのだが,おもな対象は日本であると思われることから,昨今の大企業不祥事の原因ではないとかんがえた.
しかして,そのネタ本?とは,大河内一男「戦後日本の労働運動」(岩波新書1955年)である.
戦時中は,わが国には労働組合は存在しなかった.
それが,「GHQの民主化」によって,労働組合がゆるされると爆発的に組織されることになった.ことに,財閥系をふくめた大企業での組織化は早く,じょじょに中小企業と地方にひろがるという図式になる.
日本人の「事大主義」によって,「お上(GHQ)のお墨付き」がある,ということが,「爆発的」になった原因で,初期段階では,「従業員」として経営者以外の部課長といった経営を補助する役職者も組合員に構成されていた.これは,事務職と職工が同一の組合,すなわち企業内組合を結成するという,欧米にはみられない形になった理由とおなじで,とにかく「食えない」という戦後の貧困が生んだ日本的な労働組合の形式となった.
なぜ役職者も組合に加入したかは,「食えない」からだったが,このことで,経営側との交渉は組合有利になる.そして,事務職・職工といった職分にもこだわらなかったのは,協力しないと経営側との交渉が不利になるとかんがえられたからだ.
なお,「食えない」とは,戦後の食糧不足と,戦時国債の償還不能(政府の財政破綻)による強烈なインフレ(年率600%ほど)が主たる原因であったが,これに,空襲による生産設備の壊滅的打撃がくわわるから,経営側にも支払原資がないといった,社会混乱が背景にある.
それで,昭和22年の全官公庁関係の組合は,「最低賃金制」と一時金を政府に要求して決裂にいたる.
ここでいう「最低賃金制」とは,配給による「一日2400キロカロリー保証」という意味であるから,現在の「最低賃金制」とはまさに隔世の感がある.
それで生まれた闘争方法が,「生産管理」方式という,「経営権」への侵蝕とその占領だったから,経営者は自分の「経営権」を防衛しなければならないと思うほど,企業を脅かすものになった.
資本家的要素をもった経営者たちが,ときに子供じみた嫌がらせともいえそうな手段や態度で組合と対峙したのは,「経営権」防衛ということだったといえそうだ.
これは,「テクノストラクチュア」が経営権を奪う工程とおなじである.
しかし,上記は,組合設立初期段階でのはなしだから,これを幼児体験として発展したのが「テクノストラクチュア」だろう.
日本の企業内組合は,ユニオン制を原則とするから,組合員が「育つ」と管理職になる.その管理職から経営陣にはいるので,時間がたてば浸透するしくみになっている.
ところで,日本型の労働組合形式=企業内組合は,欧米型の職業別組合とはまったくちがう.
これはなぜか?という疑問も本書は解明している.
それは,労働市場のなりたちのちがいであるという.
欧米の歴史では,「食えない」と家族ごと移動してあたらしい土地に定着するのが常だった.だから,生まれ故郷に痕跡をのこさない.
日本には,幸か不幸か「ふるさと」がある.「食えない」から異動したのは次男以下だった.長男は,しっかり土地に根づくようになっている.
つまり,なにかあれば「ふるさと」に帰ることができるというのは,広い意味で「出稼ぎ型」なのだ.
むかしは,都会の企業に出稼ぎでくるのは,なんらかの人的関係(社長の「ふるさと」)からであることがおおかったから,労働条件は個々の企業ごとにちがうという背景ができた.
出稼ぎ型労働と企業別組合の関係は,地縁血縁になっていたから,じつは都会といえども定着した労働人口が欠如していたという事情がある.
だから,日本における労働組合の形態が欧米型に変化するには,都市における労働人口の定着=「ふるさと」からの決別,がなければならなくなる.
人口減少社会は,「ふるさと」の崩壊がはじまるから,欧米型に変化する可能性はいぜんより高くなったろう.
また,すでに100万人規模になっているともいわれる中国系の事実上の「移民」は,「ふるさと」を捨ててきている可能性がある.
すると,これらの人びとから構成される労働力を生かすには,欧米型の労働組合が適しているだろう.
戦後日本の労働組合も,大転換の時期がひたひたとやってきている.
すると,戦後日本の経営も,当然ながら大転換しないと,ついていけなくなってしまう.
いま,日本の経営者で,どのくらいのひとがかんがえているのだろうか?
もはや「テクノストラクチュア」に経営を簒奪されてひさしいから,大企業ほど適応できないかもしれない.
これはこれで,日本の危機だといえるだろう.