もちろん、そんな「促進法」は「ない」けれど、「防止方法」も「ない」から、消極的だけど促進しているのとかわりはない。
これをふつう「未必の故意」という。
もう一年以上前になるが、日本で品種開発された人気のブドウ「シャインマスカット」が韓国の農家で堂々と栽培していて、中国に大量輸出されているとの報道があった。
ネットでは、どこかの市の農業担当課職員と農協職員とで、「無料」の技術指導までしているとある。
交通費も出してくれないなら、「持ちだし」ではないのか?ともかんがえられるが、このひとたちは「善意」でやっているのだとも推測できる。
はたして事実だろうか?
「シャインマスカット」を開発したのは、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構、略して「農研機構」だ。
2006年に日本で品種登録を実施したが、その際、輸出を想定していなかったため、海外での品種登録を行わなかった。
つまり、韓国の農家がわるいのではなくて、なんと「鎖国」していると勘違いしたわが国の役人が、国際的な権利の登録をしない、ということでの「技術が盗まれる促進法」を実施したのである。
「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)」というのがあって、もちろんわが国も韓国も中国だって加盟している。
このなかで、海外での果物の品種登録は国内での登録から6年以内に行うことが定められている。
ようは、わが国の政府機関であり開発者の「農研機構」は、6年間、なにもしなかったのだ。
それで、韓国での栽培と輸出販売がはじまったのである。
こまったことは、中国での人気だ。
「オリジナル」の日本産は、価格が高くて売れない。
「中国の国内産」まで登場しているが、技術水準が低くて売れない。
そんなわけで、韓国産の一人勝ちなのである。
もちろん、「中国の国内産」だって、国際条約上「合法」だから、日本が文句をいえるものではなくなっている。
とうぜんだが、国内産地の山梨県の農家は憤慨しているけれど、どうしようもないのである。
純経済原則でいえば、むしろ、安くて品質のよい韓国産が日本で販売されないのは、日本の消費者にとって損失になっている。
「鎖国」せずに、韓国産を輸入販売すべきである。
この手のはなしになると、農家の保護がかならず話題になるが、最優先すべきは「消費者」である。
残念だが、国がやった「チョンボ」のつけが受益者である農家にくるのは仕方がない。
けれど、「農研機構」の開発費からなにからを負担したのは消費者である国民である。
だから、よいものを国民に提供するのは、なんの問題もない。
そうやって、農家が痛みを感じれば感じるほど、国家に依存することの「不利」が、骨身にしみることになる。
さすれば、こんな「機構」は完全民営化すればよく、農家は株式を大量購入して経営者になれば、さらに消費者である国民によいことになる。
つまり、農水省との縁を切ればよいのだ。
経産省はもうちょっとうまくやるが、しょせんは同じ穴のムジナである。
自己保身のかたまりで無責任ないまの経団連のじいさんたちは、かつての石坂泰三会長のやった(役所との徹底抗戦)ことをすっかりわすれて、経産省に依存するから、カネだけでなく技術まで盗まれても他人事なのだ。
これは、「要素価格均等化定理(ヘクシャー・オリーンの定理)」をそのまま現実化したはなしだ。
経済でいう要素とは、資本、土地、労働の三要素をさし、その価格(価値)を「要素価格」という。
定理は、「生産手段が同じなら要素価格は均等化する」。ようは、おんなじ生産物を同じ方法で生産するなら、資本、土地、労働の価格がおなじになる、というはなしだ。
つまり、日本の農家も、韓国の農家も、おなじシャインマスカットをおなじように生産するなら、日本の高い値段がついている例えば労働の価格が下がって、韓国の安い値段の農家の労働がたかくなって、最後にはおなじになる、という意味だ。
中国ではおなじシャインマスカットをつくっていても、つくりかたに技術がないから、この定理に乗ってこない。
すると、日本の農家がこの定理から逃れるには、韓国の農家とはちがうつくりかたをするか、シャインマスカットの生産を「やめる」しかない。
これは、「比較優位」のことで、リカードがとっくに気づいた貿易論の基礎中の基礎である。
まことに、おそろしい「定理」なのである。
それが「条約上の申請をしなかった」ことが理由とは、噴飯物のお粗末仕事ではないか。
これが、わが国の凋落を象徴している。
理系の技術でまさっても、文系が無価値に変える。
しかし、おおきな教訓は、役人が国産農産物の輸出をしない、と決めつけたことにあるのだ。
なぜ役人にこんなおおきな権限を与えているのか?ということこそがわが国の問題なのだ。
区役所の下級官吏とて、それなりの「裁量権」をもっている。
かれらは「行政官」なのだから、本来は「法」にしたがうしかなく、「裁量」があることじたいあってはならない。
「法」を定めるのは選挙でえらばれた議員だけのはずだからだ。
この根本の仕組みが機能不全になっていて、役人がつくった案を議員が決めるだけになってしまった。
こうして、たかだかとはいえ、シャインマスカットの国内での将来性がうばわれ、貿易で有利な韓国産を購入することが合理的になるのである。
しかし、たかだかといえないのは、およそ全産業に、おなじ構造がおよんでいるからである。