あんまり暑いので,どうにも寝不足になる.
エアコンの風で喉をやられ,咳と声がでないのにも困った.
家にくすぶっても暑いだけだから,外出をこころみるも,冷房の効いた建物内と外気との繰り返しは,過ぎるとバテてくる.
ここなら適度に涼しいだろうと,秋葉原のJRガード下「2k540 AKI-OKA ARTISAN
ニーケーゴーヨンマル アキ・オカ アルチザン」に入った.
すぐに目に入ったのは「柿渋染」であった.
柿渋の米袋と石鹸は,すでに愛用しているから,わたしは柿渋ファンである.それに,家内は柿渋染のショルダーバッグも愛用している.
柿渋染は,京都木津川市の名産だという.
こないだの旅行で,伊賀に向かう途中,通過してしまった.
渋柿を種から育てることからやっているという説明だった.
「寝具」がメインだったのも意外で,抗菌効果とあわせて「涼しい」のが特徴だと熱の入った口上をきいた.
それでは試しにと,枕カバーを購入した.
つかってみて合点がいった.
なるほど,「涼しい」のである.
寝返りのたびに涼しさがやってくる.とても快適だ.
せっかくの柿渋の成分がなくなるから,あまり洗濯しなくてよい.
できれば風呂桶に水を適当に溜めて,洗剤はつかわずに流すようにする水洗いをすすめられた.
軽く絞って干すというから,これだけでめったに洗濯できない気がする.
それでも,柿渋の効果でニオイもしないと太鼓判をおされた.まさに万能である.
宿泊を商売にする宿の寝具にとって,これはなかなかの脅威である.
シーツや枕カバーの洗濯がオススメでないから,「業務用」にはならない.
けれども,この会社ががんばって業績をあげれば,それは一般家庭に普及することを意味するから,一般人は快適さを手に入れてしまう.
宿の悩みの根本にある,家庭の「ふつう」を提供する難しさ,が顔をもたげる.
近年では,洗浄式トイレが例になる.あっという間に家庭に普及したが,ホテルや旅館での対応にそれなりの時間がかかったのは,電源と電気容量問題の解決があったからである.古いユニットバスには,そもそも電源がないことからでもわかるだろう.
あるいは,ホテルの浴槽で自動給湯して最適な水位で止めるのも,いまだに普及しているとは言いがたい.家庭の浴槽では,とっくに当たり前になっているのにである.
家庭は個別の給湯器から,ホテルはセントラル式で給湯管を通じで供給される.それで,各部屋ごとの浴槽水量を計測する機器が高価なままであるから普及しないのだ.
進んでいて便利そうにみえる「客室の機能」も,こまかく追求すると家庭にはかなわない.
ある程度の生活水準を超える,いわゆる「富裕層」にとって,このことはあんがい不満の種なのである.
高価な料金を支払っているのに,自宅以下の機能しかない,ということになるからだ.
すると,そのような「層」をターゲットにしていて,もし柿渋寝具を「採用」するならどうすればよいのか?
こたえは,「マイ寝具」というサービスをつくることになるだろう.
だから,一回こっきりのお客様には提供できない.
「リピーター特権」という概念を持ち出すしかない.
つまり,デジタルだろうがアナログだろうが,どんな方法であれ「顧客管理の仕組み」をもっていて,「運用のルール」をあらかじめきめないと,寝具を購入しただけではなにもできない.
これが,「サービス設計」である.
物品によって「機能」を追求すると,投資さえすればすぐに競合他社に真似されるから,目新しいものを外部から購入して配置するだけなら,その宿の特徴といえるだけのものにはなかなか育たない.
たとえば,温泉宿の客室内マッサージ・チェアである.
不思議なのはたいがい一台しか設置していない.なぜ二台でないのか?
夫婦での滞在を標準とするなら,時間の節約ができて家庭でもあり得ない同時利用がのぞましく,それこそ価値があろうというものである.
温浴施設なら,ふつう一回100円を想定するから,もしマッサージ・チェアがある部屋の料金が,ない部屋より高額設定しているなら,利用者は本能的に差分を100円で割り算するだろう.
これを想定しているとはおもえない宿が少なからずある.
しかも,もし,故障でもしていたら,一瞬にしてマイナス効果になるのに,メンテナンスができていない宿がめだつから,なんのために設置しているのかをうたがいたくなることがある.
重量があるから搬出して処分する手間と費用を惜しんでいるなら,それは客室に粗大ゴミがあるのとおなじになる.客室が商品であることすら忘れて,業績を気にする本末転倒がある.
上述の柿渋寝具の例では,「サービス設計」を必須とするから,あんがい簡単には真似されない.
柿渋寝具という物品をただ置いた,ということではなく,提供のためのあたらしいサービスを開発した,ということになるからである.
やってみようと挑戦する宿はあるだろうか?