行政肥大化で不幸の大量生産

「高度成長期」のはじまりだった昭和30年代から40年あたりは、日本がまだまだ「貧しかった」時代でもあった。
敗戦から10年あまりという時間軸でかんがえれば、いまは「3.11」から10年あまりだから、だいたいおなじ時間が経過した。

以前も触れた、黒澤明の『生きる』は、昭和27年の作品だ。
物語の主人公は、市役所の無気力な役人である。
この映画の「役所仕事」の表現は、じつに巧妙でリアリティにあふれている。

黒澤明というひとの凄みは、ピカソのそれと似ている。
リアルなデッサン力が半端でないピカソが、キュビスムに向かったのと、黒沢が娯楽映画に向かったのが、本物以上のリアル表現を実現させるという基礎があってのことだからだ。

注目すべきは、第4回ベルリン国際映画祭で「ベルリン市政府特別賞」を受賞していることである。
ほんの数年前までの「同盟国」ドイツの、首都ではなくなった「西ベルリン」で開催された映画祭ではある。

けれども、「(西)ベルリン市政府」が特別賞をだした意味が、この映画の「行政批判」を受け入れたことだったのだ。
ここに、連合国の「ベルリン宣言」によって、敗戦ではなく、「国家滅亡認定」された後の国家再生における、新生(西)ドイツの「覚悟」が見てとれるのである。

しかし、当の日本人はそんなことに気がつかず、国際映画祭で賞をとったことしか頭にない。
この「軽さ」は、いまの方がよほどひどいので、当時の先輩日本人たちを嗤うことはできない。

癌におかされ、余命いくばくもないことをしった主人公は、がぜん人生の意味を哲学して、無気力を振り払って仕事をする。
それが、住民が強く望んでいた町内の児童公園の開設だった。
はたして、主人公は完成した公園のブランコで息を引き取るのである。

ここからが、通夜の席での「事件」になって、お役所仕事批判が巻き上がるのだ。
西ベルリンのひとたちは、このやりとりにいたく感心したにちがいない。

「反省」ができたひとたちと、何事か?に「気づかなかった」ひとたちがいる。
「分かれ道」とはこのことである。

バブル期に、都庁がたてた都市計画の「汐留開発プラン図」を、同じ時期に同じように鉄道操車場の跡地開発をしていた、ケルン市の役人にみせたら、「われわれはこのようなものを『都市計画とはいわない』」と一蹴されて、大恥をかいたことがある。

けれども、都は基本計画どおりに汐留開発をやったから、わざわざドイツに出かけた意味はない。
ケルン市の役人が来日したら、その頑固さに驚くのだろうか?それとも?

というわけで、わが国は「反省なく」、そのまま「豊かになった」から、役所仕事の方も、映画の日常の延長で、「肥大化」しながら「効率化」された。
つまり、住民のため、という基本を見失って、役所の都合のため、という意味の肥大化と効率化がおこなわれたということである。

それが、海水浴場の閉鎖判断になっている。
太陽光線における「消毒効果」という、はるか昔のひとが経験的にしっていた知識が、科学の裏づけをえた今日にあってさえ、完全に無視される。

本日配信のローカル・ニュースには、横浜市旭区が、「区運営方針」を発表し、「多世代から選ばれる街へ」とうたっている、とあった。
しかも、区長の名前入りなのである。

横浜市は日本一巨大な市だが、東京23国のように「特別区制」をとってはいないし、大阪で議論されているような「都構想」もない。
つまり、いま18ある「区」とは、「行政区」なのであって、「区長」とは、市役所の一般職である局長級が人事異動で配属されるだけである。

よって、どこにこんなものをつくる権限があるのか?
区から選出の市会議員たちが、協議して作成したならまだわかる。
ならば、市議会には区ごとの委員会でもあるのだろうか?といえば、そんなことはない。

つまり、行政からの越権行為が、白昼堂々とおこなわれていて、しかも、これを地元情報誌がなんの疑念もなく報道することに、読者からも「おかしい」という指摘がない状況になっている。
もちろん、市議会や市議会議員たちが、まっさきに越権行為をやめるように活動すべきである。

しかし、おそらく、各議員たちは自分の区でもつくるように、区長に要請するのだろう。
それが、どんな市民に不幸をもたらそうが、役所主導がいちばん安心だという、かつての「東欧圏」の住民さえ本音でおもったこともないことを推進する原動力なのである。

つまり、議員たちが「教唆」しているのだ。

この本末転倒が、わが国政府をして急速に全体主義へ向かわせている。
なるほど、香港の事態になにもいえないわけだ。

だが、国家レベルどころか、もっとも生活に近い行政レベルで、すでに全体主義が無批判で実行されているのである。

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