銀行の不便は解消しない

店舗窓口に赴くことが必要なのは、いまや「諸手続きだけ」になっている。

たとえば、自動車ローンの申し込みも、ネット窓口しかないので、店舗に行ってもなんにもならない。
むしろネット画面を通じた、手続きの方法が理解できることが、ローンを得る条件になっている。
だから、このサイトの設計とデザインが、どんなによくできているか?というユーザー・インターフェース自体で、銀行の評価がされるのだ。

あんがいと、メガバンクのはイマイチなので、それがわざとで行政からの指導なのかは知らないけれど、そこに地方金融機関のニッチな存在空間があるともいえる。

前に書いたように、銀行は、本当に「貸してなんぼ?」の社会的機能、すなわち唯一の、「信用創造」機関だから、貸し出しをしない限り存在理由がない。
ここが、証券会社や保険会社と決定的にちがうのである。

住宅ローンを借りると、担保がなければ生命保険に加入して、受取人を銀行名にされる。
経済をあれこれいう人が、住宅産業は自動車産業と並んで、裾野が広い重要な産業だというけれど、そんなひとにかぎって、「金利の変化」を云々いうのである。

もちろん、金利負担は住宅ローンでも大きいので、借りる側からしたら低いに越したことはない。
ならばどうして、強制的な生命保険料の負担にも言及しないのか?
マイホームを得るためのコストしてかんがえれば、低金利のいまならよほど生保の掛け金負担の方が重いだろうに。

どんな事業が将来にわたっての事業性があるのか?を厳密に予想できるひとはいない。
これの元にある、どんな技術開発が将来の金のなる木になるのかも、誰にもわからない。

バブルの頃には、「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」という、詐欺まがいの方法が流行って、大手コンサルタント会社が、その気になった顧客から大枚を巻き上げていた。
「花形」、「金のなる木」、「負け犬」、「問題児」なる、グラフ化した象限にして説明していた。

問題なのは、この「象限」の区切りをどこで線引きするか?にあって、それが実務では大変困難なのだ。
つまり、「ありき」からの逆算をして、恣意的に表現するしかないことへの気づきが、「騙し」だとなったのである。

似たような話は、「管理会計」の教科書にある、「損益分岐点売上」というもので、算出には、費用を、売上高と連動する「変動費」と、連動しない「固定費」に分解する必要がある。
それで、多くの公認会計士先生が、多くの本を出しているけど、どうやって実務で使うのうかの事例説明がないのは、そんな会計士に任せる経営者がいないからである。

銀行の話に戻すと、リーマンショックで世界が動揺したとき、我が国の「国産金融機関」はあんがいと無傷だった。
バブル崩壊からはじまった、金融危機(主に「不良債権問題」)のため、を隠れ蓑に、「ノーパンしゃぶしゃぶ」なるスキャンダルをもってして、戦後最大の行政改革だった、「大蔵省解体」がシラっと実行されたのだ。

これで、我が国の経済界もその気になっていた、「ジャパン『アズ』ナンバーワン」を、「ジャパン『イズ』ナンバーワン」にするという、我が国金融機関の世界制覇の夢は潰え、逆に、金融鎖国の中に押し込められたのである。

この一代不幸の中のもっけの幸いが、リーマンショックだったというわけだ。

しかし、全国あまねく信用創造の恩恵が得られるようにしていた、護送船団方式は廃止され、金融機関の保護も薄くされ、さらに、金融機関の株式を外国人も買えるように開放されることになった。
そして、日銀法を明治いらい初めて改正して、政府からの独立を果たした。

これら一連の、グローバル化が実施されたら、我が国銀行の収益力がなくなった。
欧米型の銀行制度が馴染めないのが、その原因なのである。
どうして馴染めないのか?といえば、日本の歴史がそうさせているからだ。

我が国に生まれて発展したのが、「両替商」で、「銀行」とは程遠い事業をやっていた。
利用客の現代日本人でさえ、「両替商」と「銀行」のちがいをはっきり認識できないし、江戸と大阪の両替商が扱った「為替」と、銀行の「小切手」のちがいも、スラスラ説明できるひとは少ない。

看板には「銀行」と書いてはいるけど、日本の銀行は欧米の「銀行=BANK」とは別物なのだ。
それが、平成からこのかた、欧米の銀行とおなじ扱いを受けて苦しんでいる。
ならば、日本人ではなくて外国人が日本の銀行を経営すれば良いものを、とはならないのは、そこまでしたら、「植民地」だとバレて、厄介だからだ。

日本は独立国で、自分たちで決めている、と思わせておくのが、なによりも都合がいいのである。

そんなわけで、コスト削減「しか」銀行経営者はやることがなくなって、店舗費用の削減をやって、諸手続きの業務さえ、予約制にするという愚挙がまかり通っている。

キャッシュカードの再発行とか、ネットバンキングの再開手続きといった、ベーシックなことも、ネットで来店予約せよと強制されて、店舗になにを持参すべきか?の案内は、ただHPを見ろと「だけ」あって、そのページがどこだか見つからないのである。

これが、わが国の、「リテール(個人向け)・バンク」の、おそろしく荒っぱい、サービス設計なのである。

自社が何屋かを忘れたひとが、エリートだという非喜劇は、ただの社会的迷惑なのである。

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