METライブビューイング

世界四大オペラのひとつで,巨大な舞台装置で識られるのは,なんといってもニューヨークにある「メトロポリタン歌劇場」だろう.
あとの三つは,ウィーン国立歌劇場、パリオペラ座、ミラノ・スカラ座、をいうが,じつはブエノスアイレスのコロン劇場をわすれてはならないから,「世界五大オペラ」といったほうがよいだろう.

メトロポリタン(Metropolitan)から略して「MET」といっている.
130年以上の歴史を誇る,アメリカ合衆国最大のオペラ劇場だが,もちろん「国立」ではない.
そこで2006年から,劇場で上演中の作品を世界の映画館に配信して鑑賞できるようにしたのだ.

これは,「上演」にかんする歴史的なイノベーションであった.
いまでは,歌舞伎も映画館で上映されるようになった.

日本では,日本語字幕をつける作業もあって,ほぼ一ヶ月遅れでの「同時上映」だが,世界におくれることなく2006年にスタートしたのは「民間」のなせるワザだろう.
イタリア語やドイツ語が主流のオペラでは,日本語字幕はたいへんありがたい.

はじめの頃は観客もまばらで,素人ながら「大丈夫なのだろうか?」と心配するほどだったが,その圧倒的内容の満足感と「混雑しない」というダブルの満足感があったものだ.

しかし,やはり気がつくひとはいるもので,映画館へいくたびに観客数が増えているのが実感できた.

「オペラ」作品をそのまま上映するのだから,ふつうの映画とちがってやたら長い.だから,チケットもほぼ倍額なのだが,撮影技術,音響録音技術と,それらを再生して上映する技術の進歩,さらに,さいきんの映画館のシートの快適さもあって,臨場感はたっぷりだし,歌手たちのどアップは,残念だが「生」ではオペラグラスがあっても観ることはむずかしいだろう.

さらに,幕間にはふたつの工夫がある.
ひとつは,幕が下りてからの舞台上の様子が撮影されていることで,大道具のセッティングが観られること.
もうひとつは,その横で,前回や次回に主演するスター歌手が司会役になって,今回の出演者や舞台スタッフへのインタビューがあることだ.

これらは,劇場に実際にあしを運んでも観ることはかなわないから,映画館だけのお楽しみだ.
また,映画の入場時にわたされる紙には,このインタビューでプロが使った用語の解説まで書いてあるから,初心者にたいへんやさしい気遣いがある.

最初この試みは,映画にして舞台を世界に発信などしたら,劇場にくるひとが減って,結局は収入をうしなうと,たいへん懸念されたのとは裏腹に,世界中でオペラファンの発掘が行われて,「いつかはメトロポリタンオペラの本物を観たい」になった.「いつかはクラウン」のあれである.
じっさい,シーズンを皆勤して応募すると,撮影日の講演に抽選で招待されるようにもなっている.

さて,12シーズン目になったことしの幕開けは,わたしの想い出があるエジプトを舞台にした「アイーダ」である.
昨日が,最終日だった.

クラシックのジャンルだから,さまざまなひとたちが公演しているのだが,METのばあい今回とおなじ舞台演出で過去二枚のDVDと一枚のブルーレイが発売されている.
DVDのジャケットが同じなのは,右が左のアンコール・プレスだからで,ブルーレイはちがう出演者だが演出がおなじだからジャケットもおなじようにみえる.なお,今シーズンもおなじだ.
なので,演奏だけでなく演者の比較鑑賞ができるという,ならではの楽しみもある.

上段のDVDの元は1989年の公演で,オリジナルDVD(左)はエミー賞を受賞している.

下段のブルーレイもジャケットが同じにみえるが,DVDと演者がちがう.こちらは,2009年版で,王女アムネリス役のドローラ・ザジックが唯一の共通だ.
今シーズンのアムネリス役は,アニータ・ラチヴェリシュヴィリだから,こちらも比較できた.

 

今回のインタビューで,MET史におけるアムネリス役の最高出演回数は90回超えがトップだが,現役のドローラ・ザジックが70回超えで追っていることをしった.彼女は,イル・トロヴァトーレのアズチューナ役で,主役を飲み込むような凄みの演技を魅せたが,元は医学生である.

そして,今回のアイーダ役は,当代随一のソプラノとされたルネ・フレミングが昨年の17年に引退して,その後継になったアンナ・ネトレプコだ.
その彼女へのインタービューで,3幕の有名な独唱について,「テクニックではなく無心でアイーダになりきること,そして最後は『度胸』だ」といった.

インタビューアーは,前に書いたとおり,今シーズンの別の作品で主役を演じるソプラノ歌手である.この返答を聞いた,その彼女が,大きくうなずいた姿には説得力があった.
「度胸,ですね」と.

また,アイーダは奴隷でもあるから,懇願するセリフの歌詞で「ピエタ(Pietà)」が30回以上あるが,これらをひとつづつ歌い分けるといっていたのが印象的だった.
それを,幕が開いてからの場面で確認できたのは,観客として十分に満足感がえられる「予告」だった.
「やれ!」といわれてすぐにできるようなものではないから,若い歌手の凄まじいまでのプロ根性に脱帽である.「一流」とはかくなるものだと教えられた.

今作出演の二人の新人のインタビューもあって,劇場の「養成所」で,たっぷり「育成プログラム」を受けたという.すでに世界で活躍しているファラオ役も養成所出身というから,はんぱない.
世界のメトロポリタンオペラは,新人の養成事業もおこなっている!

しかし,新人の発掘はなにも養成所にかぎらず,各地で活躍している無名人の登用もしているのだ.
今回のばあい,アイーダの父アモナズロ役は,そうやって実力を発掘されたひとりだった.彼は今シーズンの「椿姫」にも出演がきまっている.

そういえば,ルネ・フレミングも,1988年にMETのオーディション合格があっての「当代随一」だ.

人材を育てることと,発掘することができる組織がある.
それが,一流を維持するのに不可欠なのだ.
これを怠れば,どんな組織もほころんで,トップが世間に「ピエタ」をするはめになるのは,大企業も官僚組織もおなじなのである.

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