「平和国家」の条件

「ハリネズミ」は、全身の体毛が「針」のように硬く進化した動物だ。
猫や犬もそうだが、いざとなると全身の毛を逆立てるのは、敵とみた相手に自分を大きく見せて「威嚇」するためである。
ハリネズミが全身の毛を逆立てると、生きている「剣山」のようになって、敵は痛くて攻撃できないので、防衛システムとして機能する。

ハリネズミは、このシステムを餌の捕獲のためには使わない。
つまり、「専守防衛システム」なのである。

人間世界のはなしになると、「人類の歴史は戦争の歴史」といわれるように、やたらせめぎ合いをやってきたのである。
だから、ふつう、これらのせめぎ合いは、「これからもずっと続く」とみるのが常識だろう。

もちろん、そのせめぎ合いのやり方も進化してきた。
不朽の名作映画『2001年宇宙の旅』の冒頭、猿がこん棒をつかって仲間とケンカするシーンは印象的だった。

あまりにも有名な映画だけれど、「原作」は「シリーズ」になっていて、全部で4作ある。
1968年から、1977年にかけて出版された。

   

「道具」としての「武器」が、どんどん進化して、いまやサーバー上でのせめぎ合いもさかんに行われている。
「武器」とはいえそうもない「コンピュータ」端末を駆使して、ネット上で繰り広げられるせめぎ合いによる現実社会の被害は、じつは甚大なのである。

先日、しびれを切らしたオーストラリア首相が、サイバー攻撃をやめるようにメッセージをだした。
相手国や犯人を具体的に特定はしなかったけど、その攻撃規模と被害の大きさから、個人ではありえず、国家並みの組織力がないとできないとしている。

よく引き合いに出される「スイス」の連邦軍は、あの強大を誇ったヒトラーのドイツ軍でさえ、1センチも国境内にいれなかった実績がある。
ドイツに併合された、ちょっと前までの「神聖ローマ帝国」だった、オーストリアから、スイスに亡命をはかる軍人一家を描いたのが『サウンド・オブ・ミュージック』だった。

スイスの防衛体制は、もちろん「防衛」に徹してはいるが、相手が「侵犯」すれば容赦なく実弾を発射して撃退する実戦を想定している。
これをもって、近隣諸国は「ハリネズミ」と呼んでいるのである。
そして、スイス軍は職業軍人といまだに「徴兵」とによって支えられている。

スイスの街を歩けばみつかる仕立屋のショーウィンドウに「軍服」があるのは、徴兵されるひとが自前で注文するからで、アーミー・ナイフや軍仕様の腕時計だって、伊達で販売されてはない。
「本気」なのである。

そんなわけで、「平和国家スイス」の「平和」とは、自国防衛について徹底した「生き残り(サバイバル)」を意味し、妥協しない分、冷徹でもある。
この「思想」が、「平和産業」である、「観光業」を支えている。
「合理」ということに対する、「執念」すら感じるのである。

この意味で、わが国は、「敗戦」という結果、徹底的に「合理」から乖離した。
すなわち、現実離れという「白日夢」に遊ぶ。

先週、防衛大臣によって決定された、「イージス・アショア撤回」とはなにを意味するのか?
ほとんどまともな解説がなされていないのも、白日夢のなかに住んでいるからではないのか?

いわゆる「ミサイル防衛」の、まるで延長線上にあるのが「イージス・アショア」だとされている。
ただし、この用語の使い方に重要なひと文字が欠けている。
「核」である。

つまり、「イージス・アショア」が担保しようとした「防衛力」とは、「核ミサイル攻撃」のことをいう。

わが国の「弾道ミサイル防衛レーダー・システム」は、通称「ガメラ・レーダー」と呼ばれるレーダー・システムによっている。
大映の怪獣映画『ガメラ』の甲羅のような見た目から命名された。

本来は国家機密かもしれない、ガメラ・レーダーの設置場所は、公開されていて、全国に4カ所ある。
えっ?たったの「4カ所」。
これが、わが国「核ミサイル防衛」の「目」なのである。

あなたが敵の弾道ミサイル作戦を命じる将軍ならどうする?
この4カ所のレーダーを潰せばよいと思うだろう。
小学生でもわかる「作戦」にちがいない。
「目」を失えば、そのあとはどうしたものかをかんがえる必要もない。

それで、このレーダーの守りは?というと、「丸裸」なのである。

どうなっている?日本人の「頭」は?

マスク着用や、席数を減らす努力が簡単にすっ飛ぶ。
「やばい状態」が日常になりすぎて、ウィルス対策に奔走しているのである。

とてつもなく重要なレーダーの設置場所とはぜんぜんちがう場所に、イージス・アショアを設置しようとした理由も不明だ。
もちろん、我が迎撃ミサイルのブースターが町に落ちるより、敵核ミサイルが落ちる方がよほどまずい。

弾道ミサイルが飛行するのは、飛行機が飛ぶ10Km上空などという空間ではない。
100km単位の「宇宙空間」を飛行するから、迎撃も「宇宙空間」でする。
そんなロケットのブースターがどうして陸上に落ちるのか?

日本が核攻撃を受けやすいようにするための「暴論」とは、なにを意図しているのか?
いまだにマスクを着けている「宣伝」とおなじ手法がつかわれている。

平和産業の観光従事者こそ、ちょっと待ってくれと声をあげるべきである。

自立王国「北関東三県」

世の中には信用できる「アンケート調査」はあんがいすくない。
ふつうに「アンケート」といって、お気軽に質問しているけれど、これをどうやって「データ処理」しているのか?
そもそも、設問の書き方も、回答者を「誘導」してはいけないから、慎重に日本語表現をしないといけない。

そうかんがえると、アンケートらしいアンケート調査というのは、あんまりないから注意が必要である。
これをもって、「統計は嘘をつく」といわれるようになった。
けれども、「統計」の知識があれば「嘘を見抜ける」から、コロッとだまされるのは、そんな知識が「ない」という問題になる。

上記の本は、2000年の出版である。
もう20年も前になるから、この本が出版されたときに生まれた子も、ことし二十歳になる。

『新学習指導要領』は、「30年ぶりに統計教育の復活」があった。
小・中学校が2008年、高等学校が2009年に「公示」され、小学校では2011年、中学校と高等学校の数学と理科では2012年から「実施」されている。

つまり、ことしの二十歳は、新学習指導要領にどっぷり浸かって、中学校の数学から統計を学んできた「新世代」なのだ。

しかし、残念ながら、「30年間」の空白という、「先進国として」信じがたい状態があったので、いまの50歳から若いひとたちは、統計をすくなくても「学校で教わっていない」ことになっている。
これが、日本社会に深刻な「知の空白」をつくった。

理系大学や、文学部でも心理学科とか、あるいは文化系の経済学部で、学問研究上の基礎として「統計」をやらされたか、就職してから仕事上、仕方なく「データを扱う」ことになって「独学」させられたひとしか、馴染みがないという現実がある。

そんなわけで、上述の書籍の存在理由がいまだにあるのだ。

政府やマスコミ、あるいは企業による「宣伝(工作)」に、「?」という疑問符を感じずに鵜呑みしてしまう「従順性」は、ある意味「美しい」ものの、人生を幸せにするかどうかが怪しくなってきている。
世の中を、「腹黒い」ひとたちが動かしていることがあるからである。

ここにきて、政府の一角をなす文部科学省という役所が、統計教育を復活させたのは、これまた上位の役所になる内閣府や経済産業省がすすめる、「第5期科学技術基本計画」とか、『Society5.0』とかのためという「安易」がある。
もちろん、先進国で統計教育をして「いない」のが、わが国だけになったという横並び思想による「焦り」もあった。

ちなみに、わが国における「◯◯基本計画」とかいうものは、ぜんぶが旧ソ連スターリン時代の「五ヵ年計画」を下敷きにしているので、「計画経済」そのものである。

すなわち、わが国の「体制」とは、ソ連型社会主義のことなのであって、支配政党の名前が、「ソ連共産党」ではなくて、「自由民主党」という看板になっているだけである。
ソ連共産党なきいま、その隣の国の「党」に指導をあおいでいるのが現実だ。

こうした、深層のさらに深層にある問題を意識しながら、『全国都道府県の認知度調査』という、「表層のお遊び」をみると、いわゆる「北関東三県」がつねに最下位をあらそう「ライバル関係」にあることが「有名」になっている。

しかも、これがあんがいご当地では「政治問題」になっている。
どちらの県知事も、「ビリからの脱出」とか「ブービーは恥だ」として、なんとか順位をあげるための「政策」を役人に「立案」させて、「予算」を投下しているのである。

しかし、何年やっても「まったく効果がない」という「現実」がある。
あいかわらず、この「三県」の全国順位にほとんど変化がないからである。

さいきんは、県民たちが、「知名度ビリ」ということでの「全国知名度があがった」ことを話題にして笑っている。
この「センス」は、正しい。

すると、『全国都道府県の認知度調査』の「調査方法」が「おかしい」ということになる。
「お遊び」なのだからどうでもいいのだけれど、「政治」と「予算」になっている現実は、どうでもいいとはいえないだろう。

他県のわたしがいうのは、地方交付税交付金によって、わたしの税金のなにがしが、これらの県にも回っているからである。

もちろん、自県の知名度をあげて「観光収入」に結びつけたい。
すなわち、それが「票」になるとにらんでいるからである。
それが、「コロナ禍」で、全国一律「自県に来なさるな」になったのも、県民の命を守るのではなくて、県民の「票」を確保するためであった。

さて、じっさい、これらの県(群馬、栃木、茨城:順不同)にいけばわかるのは、古代にあった「王国」のごとく、あふれんばかりの「豊か」な一次産品があるのである。

つまり、「他県」を意識せずとも生きている。
だから、他県から意識されないのである。

これこそが、ほんとうの「強み」なのだ。

全国知名度ランキング最下位の意味は、「実力」の結果なのである。

大阪府独自専門家会議の反省

新型コロナウイルスの対策で、政府から権限委譲された都道府県知事の行動がいろいろ「評価」されてきている。
ちゃんとした検証をプロの論客がどんなふうにやるのか?
楽しみなところではある。

なんだかよくわからないけど、「女をあげた」ということになっている都知事は、都知事選が間近ということもあって、「露出」という点においては見事だった。
一方で、「男をあげた」というのは大阪府知事ということになっている。

「ということになっている」というのは、マスコミ報道における「雰囲気」のことである。

わが国のマスコミがいつから「マスゴミ」といわれるようになったのか?
記憶に残る分岐点は、「所沢ダイオキシン騒動」がきっかけになった1999年のことだとおもう。
つまり、前世紀からマスコミは社会の役に立たなくなった。

テレビの「恣意的な報道」というのは、もちろん「放送法」に抵触するはずだが、「放送法違反」ということで「事件」になったためしはないし、放送局の親会社にあたる新聞社は、放送法の規制を受けない。

いってみれば、「言論の自由」がイコール「報道の自由」となって、これが新聞社を自由にさせるので、親会社の意向をうけた放送局も放送法を忘れることにしたのだろう。
企業における、よくある「親子関係」である。

アメリカがなんでも優れているとはいえないけれど、歴史的に「先進国」だったから、さまざまな実質的社会実験がおこなわれた国である。
それで、「あんまりだ」という反省も先進的におこなった結果、マスコミには「広告規制」というルールまである。

これは、「1%ルール」というもので、特定の広告主がメディア企業の広告収入の1%を超えてはならない、というものである。
つまり、広告主の都合のよい報道を間接的にも規制させるという狙いなのだ。

もちろん、わが国にこんなルールはない。
新聞社もその子会社のテレビ局も、「公明正大」で「偏向」なんてしていないというし、購買している読者も視聴者も、新聞に書いてあることは100%正しくて、テレビが嘘をつくはずがないと信じてきた。

だから、前世紀のおわりの「所沢ダイオキシン騒動」が「騒動」になったのである。
ほぼ連日、「ダイオキシン」という「猛毒」が「報道」されて、すっかり人類と火の関係を無視できたのは、エセ科学と科学の区別がつかない「劣化」を象徴していた。

なので、科学者は「科学が社会に負けた」と嘆じたのである。

このときの「社会」とは、マスコミを指し、それに乗じる政治家を指し、さらに乗じる新聞読者とテレビ視聴者を指す。
もちろん、政治家の背景に官僚が控えているのは、政治家のブレーンが官僚の国だからである。

それから、東日本大震災があって、原発事故になった。
所沢ダイオキシン騒動とまったくおなじ「構造」の「社会」だと証明されたのは、「所沢ダイオキシン騒動」の「反省」をしなかったからである。

そして、今回の新型コロナウイルス騒動も、ふたたびおなじ「構造」だとわかるから、日本人はぜんぜん「反省しない民族」だという近隣諸国の批判がもっともに聞こえてくるのである。

あいかわらず、「科学が社会に負け続けている」のである。

そんななか、大阪府は独自の専門家会議を開いた。
こちらは、議事録がない、という現代日本政府の得意技になった「方便=嘘」をつきませんという「反省」が、全部をユーチューブに公開している。

こうした土俵があるからか、マスコミはその一部を切り取ることに努め、政府を批判するタネならなんでもいいという、いつもの態度で「報道」する。
しかしそれが、自分たちのことも含むのだということも理解できない可能性があるから、いったいこうした報道機関の社員たちは、日本語が理解できているのか?という疑問までうまれる。

若くて「イケメン」という、横須賀の若旦那を持ち上げるマスコミは、もちろん「人物の中身」を問うことはなく、環境大臣をきょうも元気に務めていらっしゃる。
大阪にはおなじタイプの知事がいるとはいえ、こちらは辣腕弁護士である。
あの「武富士」の弁護士として、なにをやったのか?

そうした「豪腕」が、「自粛」なのに意に沿わないパチンコ店を「名指し」するのである。
パチンコの問題は、コロナ禍とは別なのに、このひとはわかっていてやるから恐ろしい。

神経反射しかしない、都知事や神奈川県知事と対極にある。

さてそれで、大阪大学の物理学教授が、「データ解析」の結果から、「外出自粛」や「営業自粛」について、まったく効果がなかったと明確にこたえたのだ。
この発言で、おもわず天を仰ぐ知事は、マスクがずれて鼻が出ている。

それにしても、「専門家会議」の出席者たちでマスクを着用していないのは、この教授ひとり。
はたして、専門家が専門家としての知見にもとづく行動をしているのか?
「公開」は、思わぬことも晒すのである。

ちゃんと「反省」をしてほしいものである。

厚木アルカリ七沢温泉

神奈川県の有名温泉地といえば、「箱根」だ。
けれども、どういうわけか個人的に箱根が好きになれない。
「混雑」というイメージが先行してしまうのと、なんだかそのむかしの「雲助」たちの血が混じっているのか、いまだに「略奪的」な感じが払拭できないでいる。

それなりの年齢になって気がついたのは、箱根の温泉は火山性だけということではない「多様な性格」があることだ。
これが、ひとつの温泉地としての箱根の魅力なのだが、なんだかあんまり語られないのも違和感の源泉なのである。

火山性の温泉は、全国各地にある。
日本列島が火山列島だから、当たり前ではあるけれど、ところかわって豪州オーストラリア大陸や中国大陸にだって温泉は珍しい。
日本人のふつうが、あんがい世界のふつうではないことの例にもなる。

富士山を中心にした国立公園は、「富士箱根伊豆国立公園」という広大な地域で、1936年(昭和11年)に、十和田国立公園、吉野熊野国立公園、大山国立公園とともに指定された、わが国初である。

伊豆諸島が入っているのは、伊豆半島が「伊豆島」だったからだろう。
伊豆島が本州に衝突するのが、およそ100万年前だという。
その衝撃でできた地表の「皺」が、南・中央・北のそれぞれの「日本アルプス」である。

この衝突点に、三嶋大社が建立されているというから不思議である。
だれが、いつ、どうやって、この地だと特定するほどに気がついたのだろうか?
小田原から箱根越えをすれば、たどり着くのが三島である。

もっとも、全国に400あまりある「三島神社」の大本である三嶋大社の主神は、伊予の国「大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)」からやってきたというから、はなしは簡単ではない。
それに、なぜか「伊豆」と「伊予」の双方が、相手を「本社」といっているのだ。

伊豆諸島の「造島」の神様には、なんだか複雑な経緯があるのである。

そんなわけで、伊豆(半)島は、いまだに「止まっていない」ため、年間4センチという結構なスピードで、本州を北西方向に押し続けている。
この方向に、箱根山、富士山、甲府盆地、そして南アルプスがある。
その、南アルプスに掘ろうという長大なトンネルが、中央リニアなのであって、静岡県知事が文句をいっている原因もこれだ。

地球のためにレジ袋を有料化するという、「人為」がどれほど地球によいかはしらないが、かなりの「利権」になることは確実なので、来月からの不便を強いられる我々の哀れは、無知と無気力ということの結果でもある。

そんな人間界のことなど関係なしに、火山の熱がふきだす酸性温泉と、本州の基盤はるか地下にもぐり込んだ伊豆島の織りなすみえない地質構造の複雑性が、箱根にもアルカリ性の温泉を噴出させているのだ。

伊豆島が本州に衝突するはるか前、丹沢島が本州に衝突して、丹沢山系となり、ひずみの「皺」は秩父となった。
秩父の山々の西側は、山梨県の笛吹川温熱帯で、こちらも強アルカリ性の温泉が噴き出ている。

昭和の大歓楽街、「石和温泉」はその南端付近にあたる。

人間の移動における時間距離という感覚からすれば、自動車交通が発達した現在でも、神奈川県中央の表丹沢を超える道路は存在しないから、厚木を出発しても、相模湖からかなりの迂回をしてようやく笛吹川にたどり着く。
こうして、表丹沢の厚木からおなじ泉質の笛吹川温熱帯まで、いまでも半日を要するような旅程である。

ましてや、自動車も道路も整備されていない、ついこの間をかんがえても、とてもおなじ地層から涌き出る「兄弟温泉」とはおもえなかっただろう。
そんな「つましさ」が、人間の営みであった。
逆にいえば、とてつもないエネルギーを内包しているのが地球なのである。

そういう意味で、とてつもない傲慢な態度をしているのが、現在の人間なのである。
自然環境を、いま生きている人間がコントロールできると信じ込むことが、すでにどうかしていると反省すべきなのだ。

すくなくても、「エネルギー保存の法則」や「質量保存の法則」を思いだせば、植物が二酸化炭素を蓄えるということはないし、地球の生物はすべて二酸化炭素を食べて生きていることに気がつかないといけない。
人間が食べる食糧のほとんどが、「炭水化物」という名の「炭素」なのであって、それは「二酸化炭素」を化学的に蓄えたものからできている。

だから、「低炭素社会」というのは、悪辣な「イデオロギー」でしかない。

そんな地球を感じるのが天然温泉だ。
神奈川県と山梨県に湧出する、強アルカリ性の温泉こそ、フィリピン・プレートが千葉県側の北米プレートと静岡県側のユーラシアプレートのはざまに沈み込むことでうまれる「恩恵」なのだ。

地球の壮大な営みのほんの一部に体を沈めることで、痛んだ神経と精神を癒やすことができる。
新宿から電車で一本、バスに乗ろうがタクシーにしようが、とんでもない場所がすぐそこにある。

厚木七沢温泉、おそるべし。

一向に進まない「あなただけ」

自動販売機にできて、人間ができない不思議。
「コンピュータリゼーション」が、進んでいないからだ。

しかし、コンピュータがつかえればいいというわけでもない。
最大の問題は、「どうしたいのか?」という「自問」をもっているのかということにいきつくのだ。
この「問い」がなければ、かんがえることもない。

すなわち、過去からのやり方を、ただ継続するだけということが、それも「汲々として」おこなわれている。
つまり、いつの間にかできない原因が「汲々としている」ことになってしまって、結果と原因の悪循環になっているのである。

すると、まず気がつくのは、「どうしたいのか?」をかんがえるときにつかうのは「紙」であることだ。
なにも、この段階から電子機器をつかわなくてもよいのは、別段それで決定的なちがいになるわけではないからだ。

ようは、思考の試行錯誤をして、結果としてまとまればよい。

接客業の重大ポイントは、「あなただけ」になっている。
だから、ここでかんがえるのは、どうしたらあなただけが自分の事業で「できるようにするのか?」である。
いつでも、ムラなく、だれにでも、できるようにするのか?

このときの「だれにでも」とは、対象となるお客様でもあるし、プレイヤーである従業員でもである。
ある従業員にはできて、ある従業員にはできない、ということではいけない。

コロナ禍で、国民に10万円を配るのが「遅い」ことが問題になっている。
これは、「あなただけ」という思想ではなく、「全員に」という思想である。
ところが、政府はこれに乗じて、「あなただけ」を実行しようとたくらんでいる。

かつてない給付金の、申込方法と支払方法との両方がネックになっている。
申込用紙を印刷して郵送し、記入後の返送を受けてから、希望口座へ振り込む、という作業の全工程で「手間がかかる」ようになっているからである。

戸籍がないアメリカで迅速にできたのは、住民登録があるひとたちに、政府振り出しの小切手を直接送付したからである。
一発の作業ですませているのだ。

ところが、わが国では、「マイナンバー」に登録しているひとも小数で、なおかつ、マイナンバー登録者のうち「電子証明」までできるように手続きしているひとは、もっとすくない。
さらに、今回の「申請」において、「電子証明」ができるひとでも、最新のスマホがないと、マイナンバーカードの電子証明を読みとることができない。

よって、ふるいが何回もあって、電子証明機能さえ「機種依存」というふるいがあるのだ。

ところが、おもしろいことを政府が言いだした。
「マイナンバーカード」に、「銀行口座番号」を紐付けることを「義務化」する、というのだ。
こうすれば、迅速な給付ができる、と。

今後、いつまた、全国民を対象に「特別給付」が行われるのか?
人生で一回あるかないかしらないが、そんなことに「便利だから」という理由は、ナンセンスのきわみだ。

つまり、国民の銀行口座を政府がしりたい、という欲望をむき出しにしている「だけ」なのだ。
これを、国民から選挙で選ばれたはずの、国会議員が「大臣」になると、国民の立場からではなく、行政当局の代弁者に変貌する。

国会議員で大臣を拝命するようなひとは、二重人格でないと職務をまっとうできないということになっている。
われわれは、「サイコ」は誰か?を選ばされているのだ。

そんなわけで、「あなただけ」ということも、一歩まちがうと変なことになる。
あくまでも、「顧客」としての「あなただけ」の追求のことなのだ。

店舗ごとの「ポイントカード」が流行っていたが、客に持たせて財布をえらく厚くするのはいかがなものか?
なるべくポイントカードはもらわないことにしているけど、なんだか「特典」を得るチャンスの放棄にもなって、「損」した気分になる。

だから、ふくらんだ財布を持ち歩くことと、メリットの比較をするのである。
この、ふくらんだ財布を持ち歩くときの「不快感」が、顧客にとっての「コスト」で、メリットが「利益」だから、その差が「持つか持たないか」の分岐点になるのである。

けれども、このやり方だって決して「あなただけ」の追求ではない。
単なる「ポイント付与」とか、「ポイント消費」をおこなうだけだからだ。
あなただけの「好み」とか、あなただけの「サービス」が、他のひとにはわからないままに実行してほしい。

そのための「手段」として、どんな方法を使うのか?

それをかんがえるのが、重要な価値を生むことになるだろう。

iPadではかどる読書

せっかくいただく10万円をなにに使おうか?

いまさらだけど、先月、iPadを購入した話をしようとおもう。

もう14年も前になる会社員時代、まだ個人のパソコンを会社に持ち込めた時代、わたしはもっぱら「Mac派」で、さすがに伝説の墓石型マッキントッシュは自宅に置いていたけど、「ノート」がでたらすぐに会社に持ち込んだ。

当時のパソコンは高価で、安くて60万円、スペックにこだわれば100万円はかるく超えた。
いまのパソコンとは、すべての面で比較にならない。
まだ、ワープロ専用機も健在だった。

「MS-DOS」というコマンド入力を要したときから、会社支給のパソコンがなじめないのは、ウィンドウズがでたときも同じだった。
比較にならないMacの使いやすさは、「Excel」にも象徴された。

もはやウィンドウズでも定番のアプリだが、マイクロソフト社は、Mac用に開発したのだった。
当時のDOSパソコンでの定番は、「ロータス123」だったのだ。
定番商品が消滅する、恐ろしい世界がある。

独立して、客先を訪ねてプレゼンするというときに、ウィンドウズ・パソコンでないとさまざまな障害にぶちあたる。
仕方なく、ウィンドウズのノートPCを購入して以来、りんごのマークと離ればなれになったのだ。

そういうわけで、久しぶりのりんごちゃんである。
ひと言でいえば、「やっぱり」というか「納得」というか、「らしい」というか。
ビジネス・マシンとはちがう、人間を理解しているのがりんごのマークだと再確認した。

これは、Androidもたどりついていない。

アイフォンの画面をやたら大きくしたが電話ができない、という状態だったものが、「iPadOS」を搭載して一変した。
画面を分割して、別々のアプリを立ち上げたり、同じアプリで二画面とすることもできるようになったのだ。

写真をめったに撮らない、という癖があって、旅先でもほとんどシャッターを切ることがない。
だから、ガラケーのときからカメラ機能をほとんど使わないので、カメラなしの携帯が欲しいほどであった。

iPadにもカメラがある。
そういえば、あんがい年配者がこれで旅先のショットを撮っているのを見る。
大きな画面で確認できるのがいいのはわかるけれど、なんだかなぁとおもっていた。
しかし、そうではなくて、書類を撮影すれば「スキャナー」の代わりになる。

スマートホンでもできるけど、ファイルの保存先と移動やらの操作が、年配者になったわたしにも面倒なのだ。
iPadで撮影すれば、そのままつかえるのは大画面のおかげである。
しかも、OCR機能もあるので、撮影した文書の文字だって検索できる。

さてそれで、iPadの定番アプリはなにか?
それが、「手書きノート」なのである。
中でも評判が良いのは『GoodNotes5』(980円)だ。
これには、別途、「アップルペンシル」という道具を用いる。

ようは電子ノートである。
紙とのちがいは、とてつもない数のノートを電子的に持ち運べるから、カバンがかさばらない。
それに、手書き文字まで「検索」できて、それがノートを横断して収納している全部のノートも検索対象になる。

もちろん、撮影した書類や写真も貼りつけられるし、手書きした文字を範囲指定すれば、コピーも移動もできる。

これまで、電子書籍は専用端末で読んでいた。
ふせん、マーカー、メモなど、専用端末にも機能があって、アマゾンなら、自分の管理ページでマーカーやメモの一覧をコピーして、電子ノートに貼りつければ、読書ノートが手軽にできる。

しかし、iPadだと、この機能に加えて、電子書籍の横にノートアプリを開けるので、読書しながらそのままノートがとれる。
さらに、書籍の気になるページをスクリーン・ショット機能で撮影し、これをOCR機能と結んでノートに貼りつければ、文字検索もマーカーもふせんもつけられる。

ちなみに、電子書籍のスクリーン・ショットは、個人の用にだけ許されることはしっておこう。

つまり、すこぶる便利かつ知的作業が楽にできる。
「紙の本」でも表紙を撮影すれば、電子ノートの表紙にもなってわかりやすい。

もっと前から使っていればよかった。

パソコンとの棲み分け、という観点からすれば、iPadをパソコンに近づける努力をするひともいるのだろうけれど、タブレットとしてかんがえるとどうなのか?
たしかに、もっとも高機能スペックの機種なら、新品購入で10万円台の半ばほどもする高額商品になる。

このお値段は、いまどきのPCならメーカーのフラッグシップモデル級なのだから、たしかに「なんでもできる」にしたい気持は理解できる。
でも、割り切りも必要ではないか。

アップルストアには、「認定整備済製品」という中古も扱っている。
「在庫限り」だから、いつでもある、という売り方をしていない。
新品とおなじメーカー保証付きで、15%ほど「割安」である。
ぜんぜん叩き売りをしていない。

この会社は、製品を売っている、という意識が最初から希薄なメーカーなのだ。

顧客の「利便性」と「ライフスタイル」を売っているのである。

行政肥大化で不幸の大量生産

「高度成長期」のはじまりだった昭和30年代から40年あたりは、日本がまだまだ「貧しかった」時代でもあった。
敗戦から10年あまりという時間軸でかんがえれば、いまは「3.11」から10年あまりだから、だいたいおなじ時間が経過した。

以前も触れた、黒澤明の『生きる』は、昭和27年の作品だ。
物語の主人公は、市役所の無気力な役人である。
この映画の「役所仕事」の表現は、じつに巧妙でリアリティにあふれている。

黒澤明というひとの凄みは、ピカソのそれと似ている。
リアルなデッサン力が半端でないピカソが、キュビスムに向かったのと、黒沢が娯楽映画に向かったのが、本物以上のリアル表現を実現させるという基礎があってのことだからだ。

注目すべきは、第4回ベルリン国際映画祭で「ベルリン市政府特別賞」を受賞していることである。
ほんの数年前までの「同盟国」ドイツの、首都ではなくなった「西ベルリン」で開催された映画祭ではある。

けれども、「(西)ベルリン市政府」が特別賞をだした意味が、この映画の「行政批判」を受け入れたことだったのだ。
ここに、連合国の「ベルリン宣言」によって、敗戦ではなく、「国家滅亡認定」された後の国家再生における、新生(西)ドイツの「覚悟」が見てとれるのである。

しかし、当の日本人はそんなことに気がつかず、国際映画祭で賞をとったことしか頭にない。
この「軽さ」は、いまの方がよほどひどいので、当時の先輩日本人たちを嗤うことはできない。

癌におかされ、余命いくばくもないことをしった主人公は、がぜん人生の意味を哲学して、無気力を振り払って仕事をする。
それが、住民が強く望んでいた町内の児童公園の開設だった。
はたして、主人公は完成した公園のブランコで息を引き取るのである。

ここからが、通夜の席での「事件」になって、お役所仕事批判が巻き上がるのだ。
西ベルリンのひとたちは、このやりとりにいたく感心したにちがいない。

「反省」ができたひとたちと、何事か?に「気づかなかった」ひとたちがいる。
「分かれ道」とはこのことである。

バブル期に、都庁がたてた都市計画の「汐留開発プラン図」を、同じ時期に同じように鉄道操車場の跡地開発をしていた、ケルン市の役人にみせたら、「われわれはこのようなものを『都市計画とはいわない』」と一蹴されて、大恥をかいたことがある。

けれども、都は基本計画どおりに汐留開発をやったから、わざわざドイツに出かけた意味はない。
ケルン市の役人が来日したら、その頑固さに驚くのだろうか?それとも?

というわけで、わが国は「反省なく」、そのまま「豊かになった」から、役所仕事の方も、映画の日常の延長で、「肥大化」しながら「効率化」された。
つまり、住民のため、という基本を見失って、役所の都合のため、という意味の肥大化と効率化がおこなわれたということである。

それが、海水浴場の閉鎖判断になっている。
太陽光線における「消毒効果」という、はるか昔のひとが経験的にしっていた知識が、科学の裏づけをえた今日にあってさえ、完全に無視される。

本日配信のローカル・ニュースには、横浜市旭区が、「区運営方針」を発表し、「多世代から選ばれる街へ」とうたっている、とあった。
しかも、区長の名前入りなのである。

横浜市は日本一巨大な市だが、東京23国のように「特別区制」をとってはいないし、大阪で議論されているような「都構想」もない。
つまり、いま18ある「区」とは、「行政区」なのであって、「区長」とは、市役所の一般職である局長級が人事異動で配属されるだけである。

よって、どこにこんなものをつくる権限があるのか?
区から選出の市会議員たちが、協議して作成したならまだわかる。
ならば、市議会には区ごとの委員会でもあるのだろうか?といえば、そんなことはない。

つまり、行政からの越権行為が、白昼堂々とおこなわれていて、しかも、これを地元情報誌がなんの疑念もなく報道することに、読者からも「おかしい」という指摘がない状況になっている。
もちろん、市議会や市議会議員たちが、まっさきに越権行為をやめるように活動すべきである。

しかし、おそらく、各議員たちは自分の区でもつくるように、区長に要請するのだろう。
それが、どんな市民に不幸をもたらそうが、役所主導がいちばん安心だという、かつての「東欧圏」の住民さえ本音でおもったこともないことを推進する原動力なのである。

つまり、議員たちが「教唆」しているのだ。

この本末転倒が、わが国政府をして急速に全体主義へ向かわせている。
なるほど、香港の事態になにもいえないわけだ。

だが、国家レベルどころか、もっとも生活に近い行政レベルで、すでに全体主義が無批判で実行されているのである。

「千年の味」を食べている

醤油が切れた。

スーパーに行けば、いまならずいぶんとおおくの種類の醤油が並んでいる。
そのなかには、地方の無名だが、えらくいいお値段のものもある。
特売なら有名メーカー品が100円程度で買えることもあるから、数倍もちがう。

ならば、数倍も味が違うのか?
とはいかないのが、味覚の世界である。
ただし、当たると「感動的」な逸品に出会うこともある。
値段じゃほんとうの価値がわからない商品もあるのだ。

原材料がおなじ「味噌」も、やっぱり100円程度から、ときに千円をゆうに超えるものまであるのは、醤油とかわらない。

発酵を利用した食品の「宝庫」といわれるのがわが国である。

一歩まちがえると「腐敗」する。
だから、「発酵」させてこれを喰らうというのは、けっこう「人工的」な技を必要とする。
その発見のきっかけが「偶然」であったとしてもだ。

動物の肉や骨から「出汁」をとるのが、洋風文化だとすれば、海藻の昆布や、魚の鰹をわざわざ加工してカツオ節から出汁をとるのは、和食の基本である。
世界広しといえども、こんな「出汁」をつかう民族はいないから、不思議なのである。

もちろん、昆布だって、ただ海からとってくればよいのではなくて、ちゃんと浜で乾燥させる。
浜に転がって白く粉をふいた昆布を、だれかが食べて美味かったのがはじまりだろうが、よくもそれを口に入れたとおもう。

「ナマコ」で出る話題とおなじだ。

「ユーモア小説」というジャンルで一世を風靡し、文化勲章も授章した獅子文六は、いまどきの「グルメ作家」のはしりでもあった。
横浜の裕福な家に育ったから、その食いしん坊ぶりは、ときにいまのようなチマチマしたものではなく、もっと「豪快」=「ゴージャス」なのである。

けれども、失敗談もある。
たしか、疎開かなにかで四国に長期滞在したとき、近所の海岸で生きている「ナマコ」が大量にいるのを「発見」した。
不思議にも、だれもこれを採るものがいないので、さてはこの周辺の田舎者は、「ナマコ」が高級食材だからしらないにちがいないと、ひとり合点して、ナマコ採りに夢中になった。

東京に持ちこめば、大金が手に入ると思うと、何時間でもやっていられる。しかし、これを干して食べてみたら、ただの「ウミウシ」だった、という話を読んだことがある。
地元民は、そんな「わたし」を哀れんで、声も掛けなかったというオチまであったから、まるで落語である。

海の恩恵で生きている地元民が、なにが「食える」ものか、そうでないかをしらないはずがない。
「骨折り損のくたびれ儲け」になることは、なまけ者といわれようが絶対にしないのである。

昆布のグルタミン酸に、カツオ節のイノシン酸、それに、干し椎茸のグアニル酸は、これを三大「うまみ」成分という。

ようやくにして日本人の味覚の代表である「うまみ」が、ヨーロッパでもしられるようになったから、「UMAMI」と書いた案内表示を、大きめのスーパーなら必ずみかける。
看板の両端に、日の丸を描いていることもあるのは、そのまま「日本食材コーナー」という意味でもある。

さらに気が利いた店だと、ローマ字の横に「旨味」と漢字で書いているのは、雰囲気の演出でもあろう。
わが国のスーパーに、英語やフランス語で案内表示をしているのも、それらを母国語にしているお客のため、ではなくて「デザイン」なのであるからおなじだ。

感覚重視の日本人とちがって、理屈がさきに立つのが彼らの文化なので、「UMAMI」コーナーに立ち寄るひとたちは、ひとかどの知識をもっている。
ただし、例によって、どこか勘違いされていることがあるのは、洋の東西をとわない。

細かいことをいわないでも、おいしいものはおいしい。
しかも、どれもが彼らからすれば「低カロリー」なので、直線的に「体によい」というコーナーなのである。

棚に並んだ商品には、「食べ方」や「作り方」があるわけではない。
ふつうに価格表札の奥に並んでいるだけである。
ネット検索という手段が、見なれぬ和食材の理解を促進させ、SNSが具体的な調理法を伝えているのだろう。

日本人はこれを「千年も前から」食べているんですよね?
まぁそうですね。
目をクルクルさせて、「スゴイデス」、「オイシイデス」。
あちらのスーパーで声を掛けられたときのパターンである。

なるほど、いわれてみればまちがいない。

たまには、理屈から食べてみるのもいいかもしれない。
ふだんの日常に、なんだか価値がみえてくるからである。

凄腕の時計修理専門店

街の電気屋さんすら珍しくなってきたけど、時計屋さんもおなじく珍しい。
どちらも、量販店という形態に、価格で勝負が立ちいかなくなってしまった個人事業の悲哀がある。

近所の商店街には、二軒の老舗があって、どちらも時計、眼鏡、宝飾品をあつかっていた。
そのうちの一軒が、中学から眼鏡をかけることになったわたしにとっては、人生初の眼鏡やサングラスでお世話になった。

度付きサングラスが欲しくなったのは、大学生のときのエジプト旅行で、砂漠を旅する計画を立てていたからである。
先生や先輩に、砂漠ではスキー場でサングラス抜きで過ごすこととおなじほどの乱反射があるから、目に危険だといわれたのである。

それで、眼鏡屋さんは「これなら」というレンズを入れてくれた。
おかげで、たすかった。
ただ色が濃いレンズなのではなく、いまでいう「UVカット」に力点があるものだった。

社会人になって、結婚してからも夫婦でお世話になったけど、商店街の衰退とともに、二代目のご主人が決心して東京に移転してしまった。
ちなみに当時、初代もご健在で、こちらは時計職人だった。

クオーツ全盛時代だったので、機械式の時計に興味は薄かった。
いまから想うと、初代が勧める機械式の腕時計を一本でも持っていたら、人生の記念になったやもしれぬ。
当時のサングラスも、フレームはまだしっかりしていて、保存してある。そうかんがえると、ただの消耗品ではない。

携帯電話を携帯していれば、いつでも時間をしることができるようになって、腕時計をする必要性が薄くはなったけど、サラリーマンにはそれなりの効果があるグッズではある。

長引く打ち合わせのとき、ふと腕をみる仕草で相手が察してくれる。
さすがに、携帯の画面をタッチするわけにはいかない。
それに、「センス」をみられていることもある。
何気ないときに、人事部長から「いい時計しているね」といわれたときには「へぇー」とおもった。観察されていると気がついたからである。

「安物ですよ」と照れたら、「値段じゃない」と即答されたのは、本人が時計好きだったからかもしれない。
「どこで買ったの?」が追い討ちをかけたが、「量販店ですよ」というと、「それを選んだんだぁ」と感心していわれた。

外資の投資銀行に転職したら、当社のバンカーとしてうんぬんと上司からいわれたことがあった。
なんのことだか最初はわからなかったが、どうやらわたしの国産クオーツが気に入らないらしいことに気がついた。

そういう価値観もあるのだとおもったけれど、「信用」ということと掛けていた。
「ステイタス」を誇示するのとはちょっとちがう。

それで、機械式の時計を手にいれたのである。
購入したのは、やっぱりいまはもうない横浜の老舗だった。
けた数がちがう「逸品」も紹介されたが、お手軽で堅牢がいい。

なんだかんだと「スイスメイド」に落ち着いた。
時間をおいて、この店からはとうとう全部で三本の時計を購入した。
しかも、どれもおなじメーカーのものになったのは、自分で気に入っていたからだ。

一本目は、「レギュレーター」といわれる、時針、分針、秒針がそれぞれ独立しているもので、「手巻き式」である。カレンダーもない。
かつて、時計職人が制作中の時計の時間合わせにつかったという。
時間を読むには、ちょっとした慣れがいるけど、直径44ミリという巨大さが見やすいのだ。

二本目は、「クロノグラフ」つまり、ストップウォッチにもなる時計で、通常時には秒針が12時で固定されているから、動いているのか止まっているのかを確かめるには、裏面のスケルトン機構を見るか、分針が動いているかをチェックする必要がある。

ストップウォッチ機能では、秒針と独立した30分計と12時間計とが連動するので、何時間でも計れるのが「特徴」だ。
なんのことはないような機能だが、二大国産メーカーの「クロノグラフ」は「1時間まで」しか計れないのだ。
それで、講演のときに重宝している。

三本目は、「パイロットウオッチ」。
文字どおり飛行機のパイロット用につくられた、視認性が抜群の時計である。
老眼になって実感する、うれしいデザインなのである。

これらが、なぜかほぼ同時に動かなくなったので、しばらく放置していた。

さいきん、想い出ある古い時計を治してもらったと自慢するひとに紹介を受けて、神奈川県平塚市にある、「修理専門店」に行ってきた。
お店は電車沿いにあって、想像通り小さな作業場で、そこには年配のご主人がひとりで作業をしていた。

一瞬、声をかけるのも憚れる、集中していることを背中で語っていたが、おもむろに振り向いて、持ちこんだ時計を見てくれた。
片目に「キズミ」と呼ばれるレンズをはめて駆動機構をしきりにのぞき込んでいる。「ふんふん、あぁ、オメガに似ている」とつぶやきながら、刻印を確認し「やっぱりスイス製だ」と納得している。

なんだか、わたしの頭の中のレントゲンをみられた感じがした。

レギュレーターは、竜頭機構の説明絵図を探してみせてくれて、ここがダメになったとおもう、という。「国内で購入したの?」という質問に、そうだというと、ならば治せるかも、と。
修理費見積もりのためにお預かりになった。

その他は、あっと言う間に「治って」しまった。
なにをしたのだろう?
作業台が背中で見えない。
「こわれてないよ」と手渡してくれたとき、ちゃんと動いていた。

じぶんの技術力と集中力だけで商売をやっている。

「尊敬しかない」という言葉があたまに浮かんだ。

成立しない「漁港飯」というジャンル

2016年(平成28年)4月1日現在、日本国内には2,866の漁港がある、とウィキペディアには書いてある。
このブログでは何度か漁港漁業について書いてきた。
「漁港」はあっても「漁師」がいない。
「漁師」がいても「魚」が獲れないのである。

それで、この順番がひっくり返って、魚が獲れないから漁師という職業に夢がなくなって、水産高校も減っている。少子化だけが原因ではない。
若いあらたな人材がこない産業になったので、漁師がいない漁港が立派な公共事業の遺産として残っている。

わが国は、どれほどの鉄筋とコンクリートを海に沈めたものか?
たいした港らしい港でもなかったものに、税金という他人の金を投下して、ピカピカの漁港を大量生産したのは、漁協という組織が投下したカネではなく「票」というものを確実に回収するからである。

漁港の工事には、大量の資材をはこぶ必要があるから、とうぜんに道路もよくなる。
でこぼこ道のままでは、砂煙があがるだけでなく、燃費も悪くする。
そんなわけで、海岸沿いの国道や県道がきっちり整備された。

これが、地域外からの「観光客」も呼び込むから、漁協の直売所や食堂は、いつのまにか「観光地」になるのである。
ほんらいなら、これはこれで結構なことなのだが、農協とおなじで「コルホーズ」の日本版の経営体からつくったので、なんだかなぁになるのである。

しかし、これは「食べる側の事前期待」にも問題があって、そもそもこの地域の海で、どんな季節になにが獲れるのか?という事前知識もなにもないから、ただ「安くてうまい魚を食べられる」だけになってしまう。

農協がつくる「季節の作物一覧表」のような発信もないから、情報のミスマッチが発生するのである。
その「穴」を埋めるのが、たいがい「マグロ」や「サバ」なのだ。

これらを出しておけば、文句はこない。
けれども、外部から買ってくる魚だから、これ見よがしの演出ができない。
それで、本来の「地魚=でも獲れない」との「ショボいセット」になるのである。

だったら、わざわざ漁港にいかなくても、その街にある個人経営の食堂に行った方が、よほど事後満足が得られるのである。

さてそこで、「店探し」という「観光」がある。
ネットでいろいろ調べるのが「常識」となったけど、わたしは「店案内のサイト」はあまりつかわない。
「評価の基準」がわからないことがあるからである。

ではどうするか?
「歩く」のである。
飲食店には「面構え」というものがある。
これを、「観察する」ことで、「名店らしき店」の候補をチェックするのだ。

交通手段が自家用車のときは、なるべく駐車場にとめてから「探訪」を開始する。
いかに徐行しても車内からの眺めと、徒歩目線からの眺めはちがうからであるし、徐行をずっと続けるのも通行の迷惑になる。

ここで、中途半端な営業形態をしている店をみつけることもある。
それが、「民宿」だ。
「民泊」という、規制だらけの業態をつくったが、当初の目的からどんどん遠くに離れていくのは、「カジノ」もおなじだ。

年に180日しか営業できない「民泊」も、各種規制でがんじがらめにしたら外国の大手事業者が逃げ出した「カジノ」も、「自由」という概念を忘れた結果の結果である。

「民宿」は、むかしからある業態だけど、漁港のちかくなら漁師の一家で経営し、じぶんで獲った魚を提供していた。
その意味で、「原価」がちがう。
これが、「安くてうまい魚を食べられる」という事前期待とマッチしていたのである。

しかし、残念なことに、肝心の魚が獲れない、ということになって、親父さんの漁だけでは提供できないから、やっぱり外から買わないといけなくなった。
こうして、「食堂」としての機能も失われたのである。

海で囲われた日本の沿岸に、どうして魚がいなくなったのか?
理由は、「自由」に「早い者勝ち」で「獲った」からといわれ、「資源管理」を科学的におこなわなず、行政(水産庁)が日和った数値をだすこととがセットになっている。

「いない」のに「いることにする」という裁量のことである。

そうやって、資源が回復するための「再生産数」を下回っても、「自由」に「早い者勝ち」で「獲る」ことを続けていたら、どうにもならないほどに「獲りつくし」てしまったのである。
いま、「沿岸漁業」で確実に獲れるのは「海藻だけ」になった。

おやおや、流行病のコントロールとおなじ「再生産数」がでてくるのである。
「増やすため」か「減らすため」のちがいはあるが、共通しているのは、科学を無視して行政機構やそのトップの知事たちが社会に日和った数字をいうことである。

「自由と規制」に、「科学=エビデンス(根拠)の重視」をくわえ、これらを決定的に勘違いして、自滅する政策を打ち出しても恥ともおもわない。

これらの「勘違い」を正すことが、将来への「夢」をつくるのである。