きっと不都合な歴史修正主義

渡辺惣樹著『誰が第二次世界大戦を起こしたのか-フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く-』(草思社、2017年)は、副題の大著の訳者による解説本である。

 

ハーバート・フーバー第三十一代大統領(1929年~33年)は、「大恐慌」時のアメリカ大統領(共和党)で、政府は経済に関与しないという伝統的政策をとって二期目をフランクリン・ルーズヴェルト(民主党)に奪われた。
すなわち、ふつう「経済無策」でしられるひとである。

これをもって、「無能」のレッテルが貼られているから、はたしてどんな人物であったのかを詳しくしる日本人はすくないだろう。
しかし、当選時は「圧勝」であったし、前職の商務長官時代(ハーディング大統領・クーリッジ大統領)には、工業に「標準規格」を導入した功績がある。

それで、上述の大著『裏切られた自由』は、フーバー自身、大統領職をおえて30年後、執筆開始から20年あまり後に完成したが、64年に90歳をむかえてまもなく、この世を去る。

そして、遺族や関係者が議論して、とうとう「出版しない」ことがきまったという。
それは、第二次世界大戦の一般にしられているストーリーをくつがえす、おぞましくも愚かな「真実」があまりに露骨に暴露されることで、行き場のないアメリカ国民の怒りがフーバーの評判をおとしめると心配されたからであった。

完成後、約半世紀後の2011年に出版されたのは、ソ連の崩壊によって、米国政府の機密文書であった「ヴェノナ文書」が1995年に公開され、フーバーの著作が「真実」であるという政府からの「証拠」がでたからでもあった。

 

フーバーは親日家ではなかったが、戦後、トルーマン大統領からの占領国の食糧事情視察要請で来日し、マッカーサーに日本への食糧援助を要請しているが、これは、第一次大戦の海上封鎖によるドイツ、ベルギーでおきた人工的飢餓での「60万人餓死」を救う活動で有名だったからだ。

つまり、フーバー氏は、わたしたちの先代世代が戦後の食糧難を生き残れた「大恩人」なのであるから、彼なくしていまの日本人は産まれていないかもしれない。
ルーズベルトに敵対的対抗した元大統領は、トルーマン、アイゼンハワー両大統領にみずから仕える立場をとったのだ。

戦後、アメリカではマッカーシー上院議員による「赤狩り」=いわゆる「マッカーシズム」がたちおこるが、盗聴記録であった「ヴェノナ文書」は裁判で証拠採用されないために、マッカーシー本人が失脚してしまう。

つまり、かぎりなく黒に近い灰色のまま、一連の登場人物による作為は時の経過の中に埋もれて、一般的な物語(都合のよいはなし)だけが語りつがれる「真実」となっていった。

それは、もちろんドイツと日本が極悪であるというストーリーなのだが、ソ連がなぜに、どのような経緯で「連合国側」に組みこまれたのか(という不都合なはなし)は、だれにもしらされておらず、わからなかったのである。

わが国をとりまく「国境線」や朝鮮半島と中国の「反日」の理由も、この本が明らかにしている。
なるほど、「歴史解釈」とはこういうものか。

反日の根拠は「カイロ会談」にあり、北方領土問題のはじまりは「ヤルタ会談」にある。
これは日本にとって、唖然とするほど重要なことなのに、日本の教育プログラムにいまだにない。
つまり、当時の日本政府同様、しらないことにしているのである。

著者は従来の歴史記述を「釈明史観」として、フーバーの記述を「歴史修正主義」としている。
都合よく歴史を修正するのが「歴史修正主義」という強い批判が存在するのは、本書をみただけでもどちらが「都合いい」のか疑問におもう。

きっと都合がわるいひとたちが、その著作を「読まず」に批判しているのだろう。
これは、ハイエクの『隷従への道』(日経クラッシクス)序にある解説と同様である。

中華歴代王朝の「正史」は、先の王朝を滅亡させた側の記述になるから、だいたい100年ほどたたないと冷静な歴史は書けないものだ、というはなしがある。

現代アメリカにおいてさえも出版に50年を必要としたといえども、これがいまだに一般論になっているわけではない。
つまり、およそ100年を要する、というのはじつは他民族国家の「中華の知恵」であるにちがいない。

人間の精神変更には、「世代」という単位の時間が必要なのだ。

それにしても、こうした著作から気づくのは、わたしたちは「アメリカ史」をしらないことである。
もちろん、近現代のヨーロッパ史もしらない。

これでは、いつまでも日本側からの目線しかないことになる。
たとえば、フーバーは鉱山技師になりたくて、当時、鉱山学で世界最高峰といわれたスタンフォード大学に入学希望するが、不合格だったのに、三ヶ月間個人教授をやとって猛勉強し、入学を許可されている。

日本の「制度」ではかんがえられないことがまだある。
それは、スタンフォードの有名教授は、鉱脈の探査技術を厳しくおしえただけでなく、鉱山経営で「いかに利益をだすか」についても厳しくおしえたことである。
ここに、日米の決定的「差」をみる。

そしてこれが、のちの商務長官時代の「標準規格」制定にむすびつくのだろう。
彼はコロンビア大学から、トーマス・エジソンと並んで「アメリカ史上2人の偉大な技術者」として表彰されていて、彼の葬儀は「国葬」であった。

著者の渡辺惣樹氏は、著者略歴によると北米在住のビジネスマンであるから、いわゆる「専門の歴史家」ではない。
ゆえに、学術のタコツボの都合を気にしなくてよかったのだろう。

このような人物の努力で、日本語をもって読めることに深く感謝したい。

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