すべる床

戦後日本の司法制度がアメリカとちがうのは,憲法がちがうからだろうけど,占領軍はほとんどアメリカ軍なのに,なぜ本国のコピーを導入しなかったのかと,疑問をもつと,けっこう「不謹慎」な議論になる.
二度とアメリカに歯向かうことがないように,日本人を骨抜きにする,というのが占領政策の基本だったというから,はたして不謹慎なのはどちらなのかと疑問をもつ.

世界史的には日露戦争が「近代総力戦」のはじまりというから,「日本史」という分野だけでかんがえてはまちがいなのだろう.「第ゼロ次世界大戦」ともいわれている.
ところで,「総力戦」とはなにか?とかんがえると,それは国民あげて戦う,ということなのだけれども,問題は「戦後」にある.

「総力戦」の「戦後処理」こそが,「総力」をかけなければならないのが「総力戦」である.
日本は,日露戦争の戦後処理でも,なんとか「勝利」した.
当時の国民は,暴動騒ぎをおこすから,日本人はおとなしい国民ではなかった.
ときの政府は,武器弾薬も戦費も尽きていることを国民に知らせなかった.知らせれば,敵に知られる.そうすれば,「戦後」がやってこない.
だから,国民が暴動をおこして,ロシアは安心したのだ.

いつのまにか,日本人はおとなしい国民になってしまったようにみえるが,本当にそうなのか?
欧米に追いつけ追い越せが,国是だったころ,国内でもっとも恥ずべきものは道路だった.
舗装率は,目も当てられず,三日に一度はふる雨に,ドロドロの泥道ばかりだった.
とにかく舗装をする.
その道路の下に,下水管も,ましてや電線を埋設するなどかんがえない.

ゆたかになると,トイレがくみ取り式では話にならないことに気がついた.
それで,せっせと道路をほじくって下水管を埋設した.
ところが,やっぱり電線を埋めるなど,かんがえなかった.
いまでは,日本観光の名物が,複雑な空中の電線である.

どうせ電線を埋設しないなら,どうして市電やトロリーバスを復活しないのか?
ベネチアでは,新市街と有名な観光地の旧市街を結ぶ市電が,一本レールの新型になっている.
レールはガイドの役割で,車輪はタイヤで走る.デザインは,当然オシャレなイタリアである.
ウソみたいに高コストな水素ステーションを要する水素自動車よりも,はるかに経済的だろう.

歩道や公共施設の整備不良で転んだら,いったいいくらの賠償金を要求されるか?
それが,日本ではあんがいおおきな事件になっていない.
三日に一度雨が降る国で,どうして床材にツルツルにみがいた石材をつかうのだろう?
むかし,会社の同僚が駅の床で滑って転倒し,脚を骨折したことがある.松葉杖で通勤していたが,治りかけたらまた転倒して,反対側の脚を骨折し,先に折っていた方が完治するまでいっときでも寝たきりになったことがある.
鉄道会社を訴えるべきだとおもったが,本人はなにもしなかった.

それで,本人にかわって鉄道会社宛に手紙を書いたら,丁重だが内容のない返信が来た.
二三年後,おもむろに工事がはじまって,凹凸加工がされた石材に構内の一部だけ張り替えられた.

ほんとうにこの国は,先進国なのだろうか?
いや,先進国になったことがあったのか?といまさらながら,不思議におもうことがある.
予定どおり,骨抜きにされたかもしれない.
おそろしいことである.

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