やめられない文法教育

決済がダサイ日本

欧米や中国で,すでにあたりまえの仕組みが,店舗での支払における「電子決済」である.デビッドカードでもクレジットカードでもよいだけでなく,通貨が選べるようになっている.たとえば,日本発行のクレジットカードなら,現地通貨と日本円が選択できる.この端末が,屋台から田舎の八百屋まで普及している.現金では小さすぎる単位の金額(小銭がない)でも,電子決済ならなにも問題ないし,量り売りの商品でも,電子秤と連動しているから単価がちがう商品を複数購入しても計算に間違いもない.お店は,決済後におまけをくれたりする.そして,なによりも現金を両替所で交換しなくてすむし,帰国時には余った現地通貨をまた両替するか,それが面倒なら使い切るしかないので無駄になることもない.

これがあたりまえの国からやってくる観光客のシェアは高いと思うが,受け入れる日本側は意外や無頓着である.日本人一般が,現金決済をふつうだと認識しているからだろう.一方で,以上の便利な国に旅行した邦人は,日本は遅れていると認識しながら日常のなかに埋没していくのだろう.

外国語対応が優先される

外国人観光客が著しく増加して,接客サービス業では言語の問題がつきまとっている.そこで考案されるのはIT技術を駆使した,多言語対応サービスだ.スマートフォンに話しかければ,自動的に指定言語に翻訳してくれるアプリはたくさんあるし,音声で翻訳してくれるものもある.店舗側が用意する最新技術の言語対応が悪いと言いたいのではない.便利さの優先順位としての決済システムが,社会インフラになっていないことを強調したいのだ.

なぜなら,自分が外国を旅行して,言語において不便を感じても,観光旅行であれば犯罪被害を受けたのでなければそんなに深刻な問題ではないからだ.つまり,外国人観光客も,言語問題が優先順位で高いと認識しているかという疑問がある.

国語教育が問題だという説がある

わたしも他人のことをとやかくいうほどの語学力があるわけでない.今年,日本語を外国人に教える「日本語教師」としてベテランの先生にお目にかかった.その先生の,日本人が世界的に外国語習得を苦手にしている原因をおしえてもらった.それは,なんと小中学校で習う「国語」が,外国語習得の邪魔をしていて,英語教師がそれに気づいていない,とおっしゃった.「国語」で習う文法は,高校で習う「古語」の文法の基礎になるから,日本語教師は「国語文法」と呼び,「日本語文法」と区別しているというのだ.では,「日本語文法」とはなにかというと,外国語と比較できるように整理された文法だという.

とくに欧米の言語は文法が厳密である.だから,文法を習得してしまえば,あとは単語数を増やせばいいという.欧米の言語とかけはなれた日本語を母国語とするわたしたち日本人は,まず「日本語文法」を学ぶことで,英語をはじめとした欧米言語との文法上の構造のちがいを理解すべきで,それがわかれば比較的やさしく外国語理解ができるというお話しだった.いきなり英文法の教科書をみてもトンチンカンなのは,「国語文法」とのちがいがおおきすぎて,なにがなんだかわからず,暗記するしかないという「根気」だけが要求されてしまう.

日本語を習得する外国人は,日本語文法の教科書で自国語との構造のちがいを最初に教わるという.それは,すでに学校で習う自国語文法が,他の言語と比較できるように整理されているからで,数カ国語を平然とあやつるヨーロッパ人は,親類筋にある言語だからという理由もあるが,文法自体の教え方に秘密があると力説されていた.

書店に行くと,日本人のための日本語文法の教科書が少ないことに気がついた.これも,わかっちゃいるけどやめられない,ことなのか.

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