チバニアンの理不尽

地球の歴史に日本の地名「チバ」がつかわれるからと、妙にもりあがっている。
なるほど、めったにない「快挙」ではありそうだ。
それが、一転して「反対者が借地権をえた」ことで、国際的指定が絶望的になったという。
それで、この「反対者」である大学名誉教授が、悪の根源だという話題になっている。

例によって例のごとく、いろいろな「記事」をみたけれど、やっぱり「根源」の問題がみえてこない。
どうしてこうした「おなじ」論調の記事しかないのかが問題だ、という立場から、まとはずれを覚悟して書いておこうとおもう。

そもそも、この反対者は、推進派だった。
おなじ大学の後輩「現職」教授が中心になって推進することに「嫉妬した」のだ、ということがおおかたの記事における「推論」あるいは「示唆」である。
ならば取材して確認してほしいものだが、拒否されているとすれば、そうした「推論」や「示唆」で記事を書くひとたちこそが呆れる存在だとおかんがえなのかもしれない。

だから、平行線のままになって、悪いのは「反対派」というはなしにおちついている。

わたしが注目するのは、「反対者」と「反対派」という、なにげない書きわけだ。
「者」というばあいは、前述の、かつては推進派だった名誉教授をいう。
ならば、「派」とはいったいなにものたちなのか?
もちろん、ここに「土地所有者」である「地権者」がふくまれている。

一方で、さいきんの一連の記事に出てこない当事者たちがいる。
それは、この場所を国の「天然記念物」にしようとするひとたちと、千葉県、そして地元の市原市という行政である。

チバニアンが、国際的に重要な場所をさす、ということに一般的に気づいたのは、2016年のことだ。
当時の馳浩文部科学大臣が3月5日に発表してニュースになった。
これをうけて、市原市は翌年の2017年2月に国の天然記念物指定を目指すと発表した。
そして、2018年6月15日に、文化審議会が文部科学大臣にそのむねの答申をしたのだ。

もちろん、国の天然記念物指定を目指すと発表した段階で、市原市は「地権者の同意をえる」としている。
しかし、今回明確になったのは、地権者の同意を得られなかった、ということだ。

その「なぜ?」が、どちらさまの記事にも「ない」のである。

つまり、おそらく、反対派のなかでは、反対「者」の名誉教授がバッシングされればされるほど、結束がたかまるという現象がおきているのではないか?とうたがうのである。

全員が「祝祭モード」になってしまったから、一種の「祝祭ファッショ」になって、そもそも反対なんてありはしない、という思い込みがしょうじたのではないか?
それが、行政の側に発生すると、どうなるのか?
強権的「交渉」しかないではないか?

簡単にいえば、お前の土地をお上に差し出せ、という江戸時代的「行政」がおこなわれなかったか?ということだ。
この裏には、どうせ世界的な発見がなければ、たんなる未使用地でしかないし、それはつまり「無価値」を意味する。

もっといえば、行政の担当者にとっては、そこがどんなに学術的に重要な場所であっても、決められた予算で買収しないことには仕事にならないし、そのためにはその場所の価値なんてどうでもいい、という発想になる。
それが、優秀な行政マンの本質である。

これに、上述した「祝祭」が背景にあるから、「ファッショ」になれるのだ。

そうなれば、地権者だって黙っていられないのは人情である。
こうして、「反対派」が形成され、泥をかぶるのが確実の代表者に名誉教授がなったから、登記をともなう「借地権」が設定できた。

以上のようなシナリオを「推定」するのである。

このシナリオが意味するのは、「地元」行政がまったくなっていないことはもちろんだが、おそらく観光関係者にもおおきな夢を与えたろうから、そうした関係者が推す議員たちもだまってはいなかったはずだ。
このひとたちが、もっとも烈しく反対派を罵倒していることだろう。
つまり、損得勘定なのである。

ジオパークの貧困について前に書いたが、チバニアンがたとえ国際認定されなくても、その価値が減るわけではない。
それを、現職の学会が焦りをもった圧力を地権者(反対派)にかけるのは、学術をこえた行動である。
気持ちはわかるが、土地の権利に気がつかないほどの「専門バカ集団」なのかとついでにうたがう。

天然記念物なのかジオパークにするのかしらないが、「国際的登録」とならなければ「無価値」だという極端発想が、やっぱりファシズムをうむのだ。

そもそも、どんな「展示」でどんな「説明」をだれがどうやっておこなうのか?すら、よくわからない。
だから、「国際的登録」ができたとしても、ジオパークの貧困が改善されることはないのだろう。
いったいなにをもって「理想」としているのか?
関係者たちの「軽薄さ」が、明瞭に「発見された」事案である。

チバニアン饅頭だけがむなしく売れたかもしれない。

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