5Gになっても電子政府は実現しない

回線の高速化について、首都圏では各家庭への配線接続が物理的にほぼ「完了」している。
なので、インターネットの接続契約をすれば、光回線をつかえるというインフラはできた。

もちろん、インターネットの接続契約をしないひとには関係ない。

ここで、おおきな勘違いをするのが、いまどきインターネットの接続契約を「しないひとがいる」ことを無視して、あたかも「100%の普及率」だと思い込むことである。
契約するかしないかは、本人の自由であるという前提が忘却される。

地方にいくと、高速回線の物理的普及ができていないから「問題」だということで、なんとか「100%」にしたいが、設備工事のためのおカネがないから、首都圏の利用者から「負担金を徴収」しようということになった。

どうしてこうなるのか?

これとはべつに、NHKのネット接続が「合法化」された。
ならば、この組織がため込んだ巨額の資金をなぜつかわないのか?つかわせないのか?
利用者が受信設備をもっている「だけ」で、受信料をとるのだから、つかえる環境インフラに投資すべきはNHKしかない。

地方で、スマホをもっていて、インターネットとの接続ができない地域に住んでいたとしても、この放送局は「料金徴収」をするはずだ。
受信機にあたるスマホをもっている、からである。

けれども、台湾のひとびとは無料でNHKの国内放送を視聴している。もっと質の悪い国際放送ではないのが幸いだが。
沖縄のための放送が、台湾でも受信できるからである。
電波という物理現象を、国境という人為的「壁」で止めることができない。

ぜひ、NHKの台北支局は、台湾全土から視聴料を徴収する活動をしてほしいものだが、できっこない。
その「できっこない」を、日本国内でずっとやっている。

こんなバカげたことが平然とおこなわれるのは、政治との癒着による、行政府の役人が、ほんらいもってはいけない「裁量権」をもっているからである。
立法府がつくった法律を、粛々と実施するのが、「行政府」のやくわりだが、行政府がもとめるルールを立法府が追認しているだけだ。

つまり、行政府は、じぶんでかんがえたり、きまっていないことを勝手にやってはいけないという「原則」が、三権分立の世界共通なのである。
この「原則」が、まったく機能しないのがわが国である。

この意味で、日本国憲法は、とっくに「改憲」されていて、三権分立は、絵にかいた餅になっている。
護憲派がこれを指摘しないのも、理由をきいてみたい。

わたしが住んでいる横浜市は、政令指定都市だ。
神奈川県とどこがどう違うのか?学校ではおそわらない。
いつも批判ばかりしているが、わたしにとって、横浜市に住むおおきなメリット、図書館サービスの充実「だけ」はすばらしい。

蔵書も、地方自治体として日本一レベルだけれども、貸出と返却に「自由」があることだ。
図書館のHPから貸出予約ができて、受け取りは最寄り駅の図書コーナーも指定できるし、返却も、図書をあつかう窓口なら、市内どこでもいい。

こうしたサービスをやろうとおもえばできるのだから、どうして他もできないのか?とおもうが、その理由が「裁量権」なのだ。
図書館サービスで、裁量権がはいる余地はすくない。

なんのためにできたのかよくわからないものに、「マイナンバー・カード」がある。
もっとも、これも世界の常識とは逆で、世界には「戸籍制度」がないための「身分証明書」があった。

マイナンバー・カードを発行したら、「戸籍」をやめればいいものを、どちらも「まじめ」にメンテするから、なんだか「ムダ」を感じる。

マイナンバー・カードには二つのタイプがある。
ふつうのものと、これに電子証明書を付加したもので、見た目におおきなちがいはない。

マイナンバー・カード自体には更新期限があって、ふつうのものは、発行から10年、電子証明書は5年だ。
そんなわけで、なにが便利だかわからないが、せっかくなので電子証明書の機能もつけてみた。

けっきょく、電子証明書の期限がきて更新の案内がやってきた。
一度もこの機能をつかったことがないから、どうでもよかったが、やっぱりせっかくなので更新することにした。

案内書にある日時を「予約」しないといけないとある。
電話でも市のHPからもできるが、この「予約」とは、区役所の窓口に本人が「出頭せよ」という予約なのだ。
電子証明書の更新が、電子的にできない。

それに、本人確認として運転免許証の提示をもとめられたから、マイナンバー・カードとはなんなのか?
ものの五分ほどで、役所のパソコンを経由して電子的に更新ができた。

それから三週間したら、電子証明書の期限がきたので更新せよとの案内が、さいしょの案内とは別の書式でとどいた。
きもちわるいので、役所に連絡したら、「ダブリ」だという。
ますます、どういう仕組みなのか?が想像できない。

物理的な回線が、どんなに大容量・高速化しようが、人間側のシステムが「裁量」による「穴だらけ」なのでどうにもならず、ただ経費だけがふえている。

これを維持するのにカジノしかないといいだしたから、末期症状の絶望なのだ。
5Gになろうが6Gになろうが、電子政府は実現しないこと確実である。

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